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白村江の戦/第3ラウンド

1 :マンセー名無しさん:04/09/30 18:47:30 ID:G4rudgbp
日本船が燃える!燃える!
「あははははは、まるでポンニチがゴミのようだ。」

過去スレ

PART1  http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1093272860

PART2  http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1096270198

661 :657:04/10/06 01:49:14 ID:YhNJ8m9G
>>658の続き

9)おお、そうだ!夜中にいきなり思い出したw

在日光がお望みの、真番郡以前の古い名称がわかったぞ。
まぁ「シラ(?)」と「ハヘ(?)」という推測説もありとして、それはそれとして。

衛氏朝鮮が滅亡した時、衛氏朝鮮の四人の大幹部のひとりに「尼谿相の参」という
男がいた。尼谿というのは地名らしい。「相」というのは大臣。
魏略によると(3世紀の資料だが今はアレな話なのでこれも参考とする^^;)
他に「朝鮮相・歴谿卿」なる者がいたという。「朝鮮相という役職の歴谿卿という名前の者」
と解釈する説もあるが、「歴谿」というのは「尼谿」の訛りだろう。L音とN音はよく訛るからな。
「卿」は長官で「相」と同じ。つまり「尼谿相(=歴谿卿)」で同じもの。これと「朝鮮相」との
二人の大臣が朝鮮王の下にいたわけだ。
楽浪郡の時代、その南端に「提奚県」というのがあり、真番郡との郡境に近かったらしい。
また3世紀には楽浪・帯方の二郡が、辰韓の「冉奚国」以北の八国はもと楽浪郡に属したという
理由で、帯方郡にむりやり併合しようとして馬韓人たちと揉めて戦争にまでなっている。(続く)

662 :661:04/10/06 01:50:37 ID:YhNJ8m9G
>>661から続き

こうしてみると提奚県も冉奚国も、昔の楽浪郡つまり衛氏朝鮮の本国と、その南の先住民との
世界の境界にあたることがわかる。提奚も冉奚も、「尼谿」が訛ったものではないのか?
(ちょっとむりがあるが尼はサンズイつくと泥デイで提テイに近い。冉ナンは尼ネ・ニと通じるN音)
(「尼谿」の場所はいろんな説があり、ちょっと調べても5、6カ所の候補がありうるが
今仮に慶尚北道の安東という説をあげておく。少し南すぎる気もするが。)
衛氏朝鮮は真番・臨屯の方までも威服させていたというのだから、慶尚道・忠清道・全羅道・
江原道などの半島南部の先住民を統括する役職として「尼谿相」という役職を置いたのではないか。
「朝鮮相」の方は、楽浪郡時代には郡の首都(つーか郡治というのだがわかりやすくいうと郡の
首都みたいなものね)を「朝鮮県」(今の平壌)といったのだが、こっちにいて中国系の住民を統括
していたのだろう。
つまり半島北部の中国系の住民のいるところが「朝鮮」、半島南部の先住民のいるところが「尼谿」。
・・・と逝っていた可能性がある。とするならば「真番郡」以前には「尼谿」といったのだ。

個人的には「シラ(?)」&「ハヘ(?)」の推測説の方がいいとは思うが、こっちは漢字表記できない
ので証明不可能。(「斯蘆、半跛」と書くのは3世紀の当て字で、前漢時代の表記は不明)

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