5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

白村江の戦/第5ラウンド

1 :マンセー名無しさん:04/10/15 14:58:02 ID:Mc0hKN95
日本船が燃える!燃える!
「あははははは、まるでポンニチがゴミのようだ。」

過去スレ

PART1  http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1093272860
PART2  http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1096270198
PART3  http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1096537650
PART4  http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1097548873


2 :マンセー名無しさん:04/10/15 14:59:12 ID:Mc0hKN95
すいません遅れて申し訳ない・・・
光君をあんまり煽るなよ。
ちゃんとしたデベートをしてね・・・チュ!

3 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:05:39 ID:dd+jqfc6
おんしらまだやっちょうがとやw

大前提の史料もないっちゅーに・・・

4 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:06:59 ID:zLYaupdP
終了で良いでしょう。不毛過ぎます。

5 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:09:37 ID:V9Xhe00c
前スレのハイライト。

>996 名前:在日光[] 投稿日:04/10/15(金) 14:33:34 ID:6y9qA7Rf
>>>993
>仏国寺と言う韓国の法隆寺だ。
>http://www.kagawa-edu.jp/twesth02/gyouji/syugaku.htm


…、まいりました。

6 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:10:30 ID:A54mXHsU
正直みんなのレスの誠実さと究極の忍耐力に感動した!!

普通。在日光みたいのが目の前にいたら、民族の差など関係なく
瞬殺だろう?普通。

まったくもって、ご苦労様!!

7 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:14:43 ID:dd+jqfc6
>>6

全くだ・・・普通だったらあまりのアフォさに
煽り倒してあぼーんだろうに・・・誠実じゃ!誠実じゃよチミたち!

8 :在日光:04/10/15 15:14:52 ID:6y9qA7Rf
とにかく法隆寺の屋根部分の差異が再建したからできたという
証拠は?




9 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:20:09 ID:OFFwDqx3
>>8
だからsageろって何回言ったらわかるんだ、ヴォケ!!!!

10 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:21:06 ID:S8HjyRxH
>>8
それが垂木なの。
建てられた当時のまんま再建された四天王寺が中国風の垂木であるのに対し、
法隆寺の垂木はそれとは違う。
更に、法隆寺以降建立された仏閣の垂木は、法隆寺と同じ形をしている。
一昨日貼られた垂木のページに書いてあっただろ?

それとな、「韓国の法隆寺」って表現は「東洋のベニス」「東洋のパリ」「韓国のイチロー」などと同じ意味だ。
仏国寺の別名が法隆寺なのではない。

11 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:22:17 ID:zLYaupdP
あぁ…、また不毛な議論(になってませんけど)の繰り返しですか。
とりあえず規約だけでも貼り付けた方が良さそうですかね…?

12 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:23:37 ID:S8HjyRxH
>>11
そうですな。
貼っておきます。

   ∧∧   ∬ |このスレは在日光氏を隔離し           
  ( ,,゚Д)y-=┛ < 人間が通常おさめている知識の範囲で
  く y i,_ノ    |腹や頭を抱えながらも忍耐力を訓練し、在日光氏の
  (_/つ__)i⌒i    |ループをせせら笑うスレッドです。
■質問者は、主語と述語の明瞭な問題を、さんさいじにもどっかいかのうな
 わかりやすい言葉で、 簡潔に書くことを心がけてください。
 また、回答不能の事態によりブチ切れることは控えてください。
*12.15条約(http://ex.2ch.net/test/read.cgi/korea/1050302941/2-5/)に批准しています。

気長にやりましょう (;^_^A・・・・・心頭滅却すれば火病もまた涼しい

過去スレなんかは適当に σ(^_^;)?・・・・読まなくてもいつも同じアルよ

13 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:24:07 ID:S8HjyRxH
在日光は毎日半万回読んで下記内容を了承すること。

在日光が既に教わったこと。 これらの件については質問禁止。
@日本は直接大陸と交流していた。
Aスサノオは神話の世界の話で、どこの人かわからない。
B平山相太は日本代表なので日本人。
C聖徳太子が着ているのは朝鮮の服ではない。
D行列字の基礎。
E桓武天皇はハーフではない。
F越があったのは、中国の浙江省辺りで山東半島ではない。
G稲の伝播については諸説あり、現段階ではどの説が正しいのか断定できない。
H「地域の歴史」・「国家の歴史」「民族の歴史」・「文化の歴史」を混同してはいけない。
I古代の歴史は資料が限られから推測が入る。現在のことは妄想する前に調べること。

校則。 在日光はこれを遵守すること。
1.いなくなる時は宣言すること。
2.sageること。
3.2つ以上の話を同時にしないこと。
4.例え話をしないこと(先生方はしてよい)。
5.自分で立てた仮説の証明は自分で行い、他人に求めないこと。
6.質問は箇条書きにして書き込むこと。
7.日本語・漢字の学習を徹底して行い、人並みの読解力と表現力を身につけること。
8.年表を座右に常備し、時系列にそって考える癖をつけること。
9.地図を座右に常備し、地理的な位置関係を確認する癖をつけること。
10.名称と実体は時代によって変化し常に一致するとは限らないということを理解すること。
11.不明瞭なことに対して自分にとって都合のよい仮定を前提として断定的に語ってはいけない。
12.先生方のレスを自分勝手に都合よくつまみ食いしてはいけない。
13.先生方のレスをよく読んで、同じ質問を何度もしないこと。
14.講義中に他スレに出張して朝鮮人売春婦の話などしてはいけない。
15.教えを乞う立場であることをわきまえること。

14 :在日光:04/10/15 15:25:22 ID:6y9qA7Rf
>>10
しかし四天王寺というのは、法隆寺よりも前なんだろ?
その初めて建てられた法隆寺の垂木が中国方式ではなかったかもしれない。
そして四天王寺が再建された時どうして日本式の垂木じゃないんだ?

15 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:25:56 ID:dd+jqfc6
前スレから来たけど・・・

いやあ・・・スゴイスレだなあ・・・
規約の意味するところが骨身に染みて理解できますたよ

16 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:29:31 ID:S8HjyRxH
>>14
だから、最初に建立されたのが14年差だろうが。
で、オマエの心の拠り所の金剛組のサイトで「四天王寺を手がけてきたのは、金剛組」と主張しているだろうが。
で、オマエは金剛組の始祖金剛重光が百済人だから百済様式だと主張しているが、
そうなら何故法隆寺再建の時に、四天王寺と同じく中国風の垂木にしなかったんだ?
四天王寺は百済の末裔の金剛組が代々中国風の垂木で再建してきているんだぞ。

17 :このスレの条約文:04/10/15 15:32:24 ID:S8HjyRxH
12.15条約は、電波神殿の神父さんによって制定された。

【常識】はじめてのようじきょういく【知らず】
http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1082454282/
より、以下に記す。

18 :在日光:04/10/15 15:32:41 ID:6y9qA7Rf
>>16
つまり四天王寺は法隆寺よりも後に建てられたのに
中国風だったと?
しかし法隆寺が四天王寺よりも後じゃなかったか?

19 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:32:49 ID:S8HjyRxH
改正7.15条約=12.15条約
0.前文
ハングル板住人(以下、住人)は、削除ガイドラインに抵触しない限り
基本的言論権を尊重され、知識・情報・話のネタはこれを平等に享受する権利がある。
但し、如何なる発言も共に「自己責任」を負う 。
1.適用慨件
当条約は2chハングル板(ex.2ch.net/korea/)内におけるスレの
>>1に「批准しています」と書き込まれた場合のみ
効力を持つ。その範囲は住人によって選ばれた唯一の正統本スレのみである。
2.趣旨
当法案に批准によって執行日よりハン板1026623197スレ条約(7.15条約)は破棄され失効する。
また同時にスレッド内の平和と安定に貢献し、有意義な議論を行う目的である
3.合意事由
1:スレッド住人は次単独スレは立てない。
2:基礎知識に関しては学習者の質問に対して、
  協力者が提示したソース、並びに文書を
  尊重し、それらの検討を行った後に再度質問する。
3:自己の発言に責任を持ち、自分が一度認め、あるいは
  主張したことを根拠なく覆さない 。
4:過去の自己の発言、ならびに同一・過去スレでの決着事項を
  根拠なくループさせることを禁止する。
5.Googleの使用法を覚え、自己の論拠について他者に負担を
  掛けさせることを禁止する。
  http://toolbar.google.com/intl/ja/が準備されている

20 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:33:09 ID:S8HjyRxH
対補償案
1:質問スレにて可能な限り学習者の質問に答える無償の知識援助を行う。
 またこの知識援助に対し、協力者は「話のネタ」を享受する。
2:適切なスレで適切な質問のある場合上記1を適用する
3:合意事由に従う場合、論客として今後も対等な関係を尊重する。
4:発言者は、発言の際、以下の点に注意して議論を行う。
    イ)感情論で話をしないこと
    ロ)ダブルスタンダードを持ちこまないこと
    ハ)論点のすり替えをしないこと(具体例に付いては>>2を参照)
    ニ)論破・勝利宣言や降伏勧告、謝罪要求をしないこと
    ホ)他の論者に対する人格攻撃をしないこと
    ヘ)結論の決め付けを避け、ソースに基づく発言をすること(検索一欄をそのまま示す事はNG)
    ト)その他、注意が有った際は真摯に受け入れること
5:発言者は、学習者が、釣り師・在日かどうかは一旦保留としてください。
  ただ、発言の内容上、相手の国籍を知る必要が出てくる時もあると思うが、その際は
  誠意を持って回答し、また、相手の回答をできるだけ信頼して欲しい。
6:学習者は単身である場合が多いので、テーマが多岐にわたると混乱や見逃しが生じる
  ことがある。双方できるだけテーマを絞って発言するよう注意する

21 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:33:39 ID:S8HjyRxH
制裁措置
当条約を一方的に破棄、あるいは違反したと見なされる事態に対して
協力者は以下の制裁措置を講ずる
1:発言の無視あるいは放置
2:罵倒語の使用
3:以降の発言を論破された「負け惜しみ」とみなし、「負け犬」指定を 行う。
4:当該違反とみなされるスレに関してはハン板住人共用の資源として
  雑談スレと認定する。これに対して「スレ違い」との反論は認めない。
  また雑談中でもスレッド内容にそった話題の場合でありレスがつけば
  スレッドは再開される。
5:削除依頼、荒らし対策などの批判要望調停への提訴。

5.付記
美少女認定、「魔法の在日少女」に関連するスレ、作品、WEBサイトなどは
削除ガイドラインに抵触しない限り楽しむことができる。
但し、可能なスレッドは関連条約に規定したスレッドのみであり、
このスレッド削除依頼は提出されない。

22 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:39:40 ID:S8HjyRxH
>>18
前スレで習っただろ?
最初に建立されたのは四天王寺の方が14年早い。

しかし、法隆寺は西暦670年に雷により全焼し、焼失。
西暦710年前後に再建される。(百済は西暦700年になる前に滅亡)

1576年、1614年、1801年に四天王寺は戦火などで失われている。
それを中国風のまま何度も再建している。

23 :在日光:04/10/15 15:43:14 ID:6y9qA7Rf
>>22
それなら全然おかしくないぞ。
四天王寺が建った時は中国風の屋根で
法隆寺の頃は、百済が屋根を変化させていた。
そして四天王寺は元のまま再建して
法隆寺も実は屋根を元のまま再建していたとも言えるんじゃないか?


24 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:44:22 ID:zLYaupdP
それと、皆様に事前通達を。sageない場合は絶対にレスは返さないで下さいね。
「資料が探せない!」と前スレのような事態になった場合(日本書紀はネットの何処にあるんだ、等々)は
>>19の合意事由5を突きつけて下さい。これに反した場合は>>21の制裁措置が許可されます。

25 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:44:41 ID:S8HjyRxH
>>23
こら。
四天王寺は中国人が建てたのか?
何故垂木の貼り方が四天王寺だけ違うんだ?

26 :在日光:04/10/15 15:50:33 ID:6y9qA7Rf
>>25
四天王寺は百済人が建てている。
つまりその頃はまだ百済も中国風で
それから法隆寺の頃には変化していたと考えれば
つじつまがあうのでは?

27 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:55:20 ID:S8HjyRxH
>>26
つじつまなど合いません。
何故なら、中国で建物の様式が変化する大きな要因は、王朝が変わる事なんだよ。
王朝が変わるという事は、庇護する宗教や、祀る対象も変わる事を意味する。
何故なら、中国の皇帝は天命により即位するので、王朝の変化は天命であり、
今までの為政者は偽者であるとするんだよ。
だから、その際様式を変えたりするんだよ。
たった14年で中国⇒百済⇒日本へと流れてこないんだよ。
情報が多い現在でも、韓国は日本より10年以上後追いをしているじゃないか。
まあ、日本文化の規制をしているって理由もあるがな。

28 :マンセー名無しさん:04/10/15 15:58:48 ID:S8HjyRxH
>>27に補足。
それに、法隆寺の垂木のような作り方は、様式が変化した中国にも存在しない。
それを百済のオリジナルで日本へ持ち込んだと主張するなら、百済でそれが作られていたという「証拠」が無いと、
証明が不可能なんだよ。
残念ながら、百済には証明する物が無い。
つまりは、恨むなら朝鮮人の直接の先祖である新羅を恨め。

29 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:02:25 ID:dd+jqfc6
>>26
> 四天王寺は百済人が建てている。

だから言い切るなら史料提示しろってば・・・・ハァ

30 :在日光:04/10/15 16:02:32 ID:6y9qA7Rf
>>27
中国は関係ないぞ。百済人が立てているのだから
百済が14年の間で変化した可能性は?

31 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:03:31 ID:6j36S6qm
>>26
ならそれを証明しろ。
1.まず中国式とは違う百済独特の垂木の様式があったこと。
2.それが法隆寺の最初に建立された時の垂木の様式が百済式のものであったこと。
手順としては以上の二つだ。

反対に
1.同時代に建立された四天王寺の垂木は中国式。
2.寸法は高麗尺に近似のものが用いられてるが配置などは中国の様式。
∴この時代の寺社は基本的に中国の様式に則って建立されている。
蓋然性が高いのはこっちだ。



32 :在日光:04/10/15 16:04:15 ID:6y9qA7Rf
>>28
日本書紀に百済の技術者を招いて建築したという事だけで
いいんじゃないか?
この場合わざわざ百済から呼んでいるのだから
日本人では分からなかったと言える。
日本だって、史書の記述だけで判断しているだろ。


33 :在日光:04/10/15 16:05:52 ID:6y9qA7Rf
>>31
じゃあその法隆寺を最初に立てた頃と同じ時期の
他の寺はあるのか?

34 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:08:08 ID:6j36S6qm
ん?
法隆寺の垂木の様式についてお前が主張したいことはどれか?次の4つの中から選べ。
1.再建前=中国式→再建後=百済式
2.再建前=百済式→再建後=日本式
3.再建前=百済式→再建後=百済式
4.それ以外

35 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:08:33 ID:zLYaupdP
>>在日光
まずは質問内容をまとめて列記すること。

36 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:11:07 ID:zLYaupdP
ちょっと皆さんには書き込みをストップして頂きたく。
まずは質問の要旨を掴むことが何よりも先決でしょうから。

37 :在日光:04/10/15 16:13:08 ID:6y9qA7Rf
>>34
3だ。
つまり四天王寺の頃は百済人は中国式しかないので中国式で立てた。
14年後に、百済の寺も発展していて、屋根の部分が変化していた。
そして法隆寺を立てた。
その法隆寺が崩壊して、再建時もその屋根のまま再建した。

38 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:13:57 ID:oUZXfMRJ
>前スレの834
聖徳太子が百済から呼んだんじゃない。
氏名不詳の造寺工(金剛家の言い伝えでは金剛重光)は
もっと前の敏達天皇の時に百済から送られた人。
その人が日本にいたので、聖徳太子の時代になっても相変わらず寺院建築に従事していた
ということ。(金剛家の言い伝えでは)

>前スレの918
高句麗は五世紀の中頃(450頃?)に国名を高句麗から「高麗」に改名している。
新羅や百済や倭はかんたんに了解したと思われるが、
中国がそれを公認したのはだいぶたって520年のこと。
なので、高句麗は本当は「高麗」というのが正しい。
しかしずっと後になってできた半島の「高麗」と紛らわしいから
現代人は高句麗といってるだけ。

>>32
前スレでも書いたけど、中国式の寺院を建てられる技術者じゃないと
日本へ贈り物にする意味はない。
金剛(?)は百済王から日本の天皇への貢ぎ物として贈られてるんだから。
中国式の建築ができない技術者なんて有り難くもなんともないし
それができなければ、「渡之官家」としての百済の存在意義を倭国にしらしめることにならない。

39 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:15:04 ID:zLYaupdP
>>在日光
疑問点と意見を要約して列記しなさい。
前提条件・境界条件が曖昧なままでは議論出来ないので。

40 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:15:17 ID:6j36S6qm
>>37
> 14年後に、百済の寺も発展していて、屋根の部分が変化していた。

ならそれを証明しろ。証明できない限り妄想の域を出ない。

41 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:16:23 ID:6j36S6qm
>>38
高句麗と高麗の件、サンクス。感謝感謝。

42 :在日光:04/10/15 16:20:33 ID:6y9qA7Rf
>>38
おかしい。日本は百済にある中国文化を中国のものとは思ってなかった
んではないか。
なぜなら官能像に百済と入れて百済官能という名前をつけたりしている。
同じようにオランダにあったものがイギリスのだったりドイツのだったりするのに
蘭学としていたりする。
金剛組みも百済人の技術をやたらと評価しているし
中国のだと気づいていたら、中国の技術を評価するはず。
つまり日本が百済と国交を結んだ頃に、すでにそういう中国文化が
たくさんあった。
だからそれらが中国のものだと分からなかった可能性もある。


43 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:21:44 ID:6j36S6qm
ところで法隆寺建立時から法隆寺再建までの間に建立された寺社の垂木の様式ってどうなってるの?
これが判れば答えは出るんじゃない?

44 :在日光:04/10/15 16:23:03 ID:6y9qA7Rf
>>40
そこまで証明するのか?日本書紀に百済人が建設にたずさわった
という記述だけでいいんじゃないか?
中国の史書に、日本人がこのような建物を立てたとあれば
それを見るだろ。
ただし、確かに法隆寺は建造物が当初とは違っていたと
分かる部分もあるんだろ?配置は同じだが
何かが違っていたと。

45 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:23:05 ID:S8HjyRxH
>>43
現存していないので不明です。
なんせ、再建された法隆寺が、世界最古の木造建築なので。

46 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:26:01 ID:6j36S6qm
>>42
大陸とも交流を続けてたって何度言えば判るんだ?
妄想はいい加減にしとけ。


47 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:26:39 ID:zLYaupdP
>>在日光
四天王寺も法隆寺も百済人が建造した、というのが論旨か?

48 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:28:16 ID:6j36S6qm
>>45
いや再建された法隆寺が現存する世界最古の木造建築だということはわかってるけど、
四天王寺みたいに何度か建て直してる寺社とかってのはないの?
ないならないでいいけど。


49 :在日光:04/10/15 16:28:58 ID:6y9qA7Rf
>>46
ではなぜガンダーラの像を、百済官能などと呼んだんだ?

50 :在日光:04/10/15 16:29:22 ID:6y9qA7Rf
>>47
そう言うこと。

51 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:29:51 ID:8AZBhhFt
あのな。

少しは自分で調べたらどうだ。
日本史まっっっっっっっっっったく知らない上に、今まで習ったことすぐ忘れるようじゃ会話にならない。

52 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:30:18 ID:OFFwDqx3
百済観音はたまたま百済経由で来たからでそ。

53 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:30:29 ID:zLYaupdP
>>6y9qA7Rf氏
>>S8HjyRxH氏
まずは議論の前提条件を在日光自身が提示するのが先決かと。
このままでは主張が二転三転して全く無駄な労力を払うことになりますから。

54 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:32:35 ID:S8HjyRxH
>>48
う〜ん、全国の国分寺も戦火や焼き討ちなどにあって立て替えられてますが、
再建の際に、本来の目的とは別の目的で再建されてりしてますから、建立された当時のままで再建と言うのは聞かないですね。
ちょっと調べてみますが。

55 :在日光:04/10/15 16:32:45 ID:6y9qA7Rf
>>52
じゃあ百済官能と、中国やガンダーラの像がまったく同じか?


56 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:33:24 ID:zLYaupdP
>>50
宜しい。それを主張するに至った経緯、及び、百済が造営に関わったとされる論拠は何かを述べよ。

57 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:33:30 ID:S8HjyRxH
>>53
了解いたしました。
主旨が固まるまで、ちょっと調べ物します。

58 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:33:48 ID:8AZBhhFt
在日光は自分の思いこみを他人に証明させようとしているだけ。
自分デ勉強して考える気持ちはないと思える。

「今回の仏教寺院の様式について、100文字以上で論点を箇条書きに整理し、自分の主張が真となるために何を証明する必要があるか真摯に聞け」

これがクリアされない限りスルーでいいのでは?

59 :在日光:04/10/15 16:34:51 ID:6y9qA7Rf
>>56
百済の技術者を呼んでいるから。仏教がなかった日本は
百済の技術者を呼んで立てたんだよ。


60 :在日光:04/10/15 16:35:13 ID:6y9qA7Rf
>>58
思い込みじゃない。日本書紀に書かれている。

61 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:35:31 ID:8AZBhhFt
もう一つ、

「前スレからの議論で習ったことをレポートに纏めよ」

これがないとループ。

62 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:36:25 ID:OFFwDqx3
>>55
まず誤字を直せ。それから今は百済観音の話は関係ないので、それ以上は知りたければ自分で調べろ。

63 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:36:36 ID:zLYaupdP
>>59
まずは減点1。
「百済の技術者を呼んでいる」とは如何なる資料を基に主張しているのかを述べよ。

64 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:36:48 ID:8AZBhhFt
>60
その文を出版社・ページとともに明示するまで、君の脳内ソースと判断します。

65 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:40:01 ID:m89Ks+AF
三国史記百済本紀
541 梁に使者を送り博士、仏典、匠を求めて得る
599 法王即位ホウ(宣、孝順、恵王の子あるいは威徳王の子)
殺生令をだし漁猟の道具を焼く
600 仏寺を創建

66 :これがクリアされるまでスルーよろ。:04/10/15 16:40:40 ID:8AZBhhFt
今回の仏教寺院の様式について、習ったことをレポートに纏めよ

100文字以上で自分の主張・論点を箇条書きに整理せよ

自分の主張が真となるために何を証明する必要があるか真摯に聞け

根拠となるソースは、聞き書きではなく、「検証済みの史料のどの部分にこういう記載がある」と明示せよ

67 :在日光:04/10/15 16:40:58 ID:6y9qA7Rf
日本書紀に書かれている。それはどんなサイトでも
日本書紀によればと引用しているからだ。

68 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:44:21 ID:zLYaupdP
>>65
三国史記百済本紀は遺失書であり、現存しないために信憑性は余り存在しない。

>>67
減点2。
日本書紀には記述されていない。サイトではなく一時資料を重要視せよ。
日本書紀に記述されていると主張・反証があるならば、それを提示せよ。

69 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:46:10 ID:8AZBhhFt
>67
その返答自体が「私は日本書紀を読んでもいませんし、見る気もありません(まじめに議論する気がありません)」
といってるようなものだ。

すごい侮辱だぞ、今の言葉。

君がしてるのは議論じゃない。議論とは共同作業。共同作業にはルールがある。
君は「ルールなんてどうでもいい。」という態度を改めない限りダメ。

70 :在日光:04/10/15 16:46:13 ID:6y9qA7Rf
>>68
日本書紀に記載されていない?
おかしいじゃないか。
百済から技術者を招聘して、何人かかかれているはずだろ。

71 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:48:09 ID:zLYaupdP
>>70
減点4。(確認を怠った点。推測のみで反論した点)
日本書紀には記載されていない。おかしかろが無かろうが「記載されていない」。
再度繰り返す。日本書紀に記述されていると主張・反証があるならば、それを提示せよ。

72 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:48:19 ID:8AZBhhFt
既出。

今回の仏教寺院の様式について、習ったことをレポートに纏めよ

それまでスルー。

73 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:48:54 ID:S8HjyRxH
>>70
(ググると言う条約違反なので罵倒語解禁)

バカタレ。
はずじゃなく、ちゃんと調べろ。

74 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:49:44 ID:oUZXfMRJ
倭国は、中国の文化を欲していたのであって、
べつに倭国のオリジナルの仏教文化や百済のオリジナルの仏教文化なんぞ
最初からほしくもなんともなかったのだが。

百済はそれを知ってるからこそ、中国と日本を中継する役を買ってでて
そのかわり高句麗や新羅と対抗するための外交的支援や軍事援助を受け取っていたわけで。

75 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:49:50 ID:an+AwmBL
>>70
あんたのすることは、おかしいとか言うんじゃなくて、記載されてる内容を
一次資料から探してくること。
そう主張するからには、載ってるんだろ?

76 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:51:04 ID:oUZXfMRJ
日本書紀にはたしかに百済王が造寺工を贈ってよこしたことが書かれてるが
それが何人かは書かれてない。

77 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:52:18 ID:8AZBhhFt
>76
既出。その上、勘違いして調べなくなるので今後注意してほしい。

78 :在日光:04/10/15 16:53:02 ID:6y9qA7Rf
>>74
それは本当か?そういう事がどれでわかるんだ?
>>75
76を見ろ。日本書紀に書かれてないとうそをついたな?


79 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:54:41 ID:8AZBhhFt
ほら。時代が合わないことも確認せず、勘違いが正しいと思いこんだ。

>76が責任もって説明よろ。

80 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:55:06 ID:S8HjyRxH
>>78
バカタレ。
嘘か本当か "自分で" 調べたのか?

81 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:55:48 ID:zLYaupdP
>>78
減点5。(時代考証を怠った点)
再度繰り返す。日本書紀に記述されていると主張・反証があるならば、それを提示せよ。

>>76
内容を提示して頂きたい。時代が異なる筈だ。

82 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:56:41 ID:OFFwDqx3
自分の都合のいい事は確認もせずに信じるが、都合の悪い事は「嘘」だとか「証拠」を出せとかいうのな・・・・・・・。


だめだこりゃ

83 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:56:44 ID:m89Ks+AF
在日光の初勝利ニカ?
オメ---!!!!!!

84 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:57:08 ID:8AZBhhFt
少なくとも、在日光よりはずっと真摯で頭のいい学者が、何十年も論争しながら研究したことを
寺院と神社の区別もつかない人間がひっくり返せるはずがないとは思わないのがすごすぎる。

85 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:57:27 ID:Mc0hKN95
若草伽藍のこといってるのかな?
礎石しかないよ。

86 :在日光:04/10/15 16:57:39 ID:6y9qA7Rf
時代が違う?まてどうしてその記述を紹介しなかったんだ?

87 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:59:03 ID:Mc0hKN95
百済の影響を受けているはまちがいない。
純粋な中国式の解釈とは思わない。
しかし・・だからそれがどうしたの?

88 :マンセー名無しさん:04/10/15 16:59:29 ID:S8HjyRxH
>>86
オマエが時系列や年表を理解して無いからだ。

89 :在日光:04/10/15 17:00:00 ID:6y9qA7Rf
>>88
じゃあその百済がよこしたのはいつの話なんだ?

90 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:00:18 ID:zLYaupdP
>>86
減点6。資 料 を 調 べ ろ。
警告。日本書紀に記述されていると主張・反証があるならば、それを提示せよ。

91 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:00:30 ID:Mc0hKN95
百済人も係っていただろうし、日本人も係っていたでしょう。
お宅の高速列車もフランス人も係っているけど、フランスが作ったとは
言わないと思うがね。

92 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:00:36 ID:8AZBhhFt
すでに紹介済み。時代が違い、在日光の妄想とは無関係なのも前スレで説明済み。

だから レ ポ ー ト に 纏 め ろ !

それまでスルー。76も説明よろ。

93 :在日光:04/10/15 17:01:48 ID:6y9qA7Rf
>>91
いいや、なぜ日本人だけでやらない?
百済人が必要だったんだろ。

94 :在日光:04/10/15 17:02:12 ID:6y9qA7Rf
>>92
だからその百済人をよこした時代とはどの時代だ?

95 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:02:58 ID:S8HjyRxH
>>89
バカタレ。
前スレに書いてある。

871 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:04/10/15 12:12:32 ID:6j36S6qm
一応推古紀3年5月の条に
「百済の僧慧聡が来て、(高麗の帰化僧慧慈とともに)仏教を広めて三宝の棟梁となる」
という記述がある。
他にもあるかは分からん。
この場合の棟梁は宮大工のそれを指さず比喩だとは思うが一応。

873 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:04/10/15 12:20:46 ID:zLYaupdP
>>871
推古3年(595年)では全く時期が合いませんからね。(四天王寺発願は崇峻元年・587年)
文字通り「三宝(仏:ブッダ 法:ダルマ 僧:サンガ)の棟梁」という意味合いでの記述ですね。
常識的に考えても渡来仏教僧が同時に宮大工棟梁の座に収まれる筈がありませんので。

96 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:03:16 ID:Mc0hKN95
まず仏教自体が百済固有の宗教ではない。
インドから中国を経由伝播したものを解釈しただけのもの。
朝鮮ではキリスト教の普及率が高いらしいが、
全部の教会を建立したのは西洋人なのか?
とことん不毛な議論だ。

97 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:03:30 ID:8AZBhhFt
説明済み。自分で過去スレあさるなりして纏めておいで。

君が習ったことを無視するなら、こっちも君を虫かなんかだと思って無視するよ。

98 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:04:57 ID:Mc0hKN95
>>93
それは仏教建築は百済のほうが先進地帯だったからだろ?
でも、日本人が命じて建立したものだから、あくまで日本人の歴史である。
おたくの国の高速列車だっておたくの国のものだろ?

99 :在日光:04/10/15 17:05:41 ID:6y9qA7Rf
>>95
仏教を広めてとあるが、なぜ関係ないんだ?そこまで広大なものなのか
仏教とは?一時期だけでは広まれない。

100 :在日光:04/10/15 17:07:21 ID:6y9qA7Rf
>>98
日本人が命じて、そこに百済人の技術者が関わっているのにか?
で、日本書紀には書かれてないとかいているが


101 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:07:32 ID:zLYaupdP
>>在日光
日本書紀に記述されていると主張・反証があるならば、それを提示せよ。
これが成されない限りは、これ移行は雑談時間としてスルーさせて頂く。

102 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:07:36 ID:8AZBhhFt
>98
光は総連なので、高速鉄道はないです。

103 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:08:27 ID:8AZBhhFt
雑談開始。
当分ループしそうだから
飯食いに行ってくるわ。

104 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:08:47 ID:zLYaupdP
>>98
そんな理論が通用しない相手だからこそ、延々と続いているんですよ。

105 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:08:47 ID:S8HjyRxH
>>99
>四天王寺は、推古天皇元年(593)に建立されました
http://www.shitennoji.or.jp/rekishi/souken2.htm

百済から坊主と大工が来る2年前に建てられている。
上のリンクは四天王寺の公式ホームページだからな、因みに。

106 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:09:03 ID:an+AwmBL
>>102
香具師は自称27歳(今はもう少し年とってる)の自称民団幹部です。

107 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:09:24 ID:Skbfti+a
……なんというか、もう……

在日光氏。君が日本書紀を読む気すらないなら(本来はこの時点で落第確定だが)、一つだけ忠告しよう。
聖徳太子が生まれた年と死んだ年を調べろ。どんな偉人でも「生まれる前に百済から人を呼ぶ」ことや
「死んだ後に寺を再建する」ことは出来ない。四天王寺の建立年、法隆寺の建立年と再建年、そして
君が主張して止まない、百済人の来日年を比較すれば君の主張がタイムマシンが存在しない限り
不可能であることくらいは判るはずだ。

108 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:09:46 ID:S8HjyRxH
>>106
民潭じゃなく、総連青年部だったはず。

109 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:09:48 ID:OFFwDqx3
>>103
行ってらっしゃい

110 :在日光:04/10/15 17:11:17 ID:6y9qA7Rf
>>105
たった二年?それだと繋がりがあるんではないか?
それなら、そのサイトが矛盾しているのか?
それとも日本書紀が矛盾しているのか?
それとも微妙なズレの間違いか?

111 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:11:38 ID:Mc0hKN95
>>100
はあ?東京駅だって迎賓館だって日本人の設計でないのよ。
誰がどうかかわろうといい物を作る日本人て偉大だと思わんか?
やたら自分の民族が作ったなんてことを気にするのは
朝鮮人特有のアホ思想ですね。

112 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:12:38 ID:an+AwmBL
>>110
矛盾してるのは誰かさんの思考

113 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:13:23 ID:OFFwDqx3
>>110
自分の考えが矛盾しているという発想はないのかね。

114 :在日光:04/10/15 17:13:31 ID:6y9qA7Rf
聖徳太子574〜622か?

115 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:14:17 ID:zLYaupdP
>>皆さん
在日光が資料を提示するまでスルーを宜しくお願いします。それまで無駄ですから。

116 :在日光:04/10/15 17:14:20 ID:6y9qA7Rf
>>111
日本人の設計じゃないなら、日本人が作ってないじゃないか。

117 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:15:11 ID:Mc0hKN95
だから俺は百済人が全面的に作っていたってOKですよ!
それを命じて後世の建築史に影響を与えているんだし。
そんなことで熱くなるお前は脳波を・・・・。

118 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:15:39 ID:Mc0hKN95
>>116
うん・・だからどうしたの?

119 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:15:39 ID:Skbfti+a
>>110
たった二年とはいえ、来ていない大工が寺を建てるのは不可能だと言うことくらいはわかるよね?
もし、これでも建てたのは百済人だというなら、AD593年の時点で来ていた、あるいは、593年
建立という情報が誤りであることを「君が」証明しなければならない。


120 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:16:55 ID:A54mXHsU
いやもう皆さんがいくら労力を使っても、在日光の知能および心には
無意味だとおもう。見ていて、日本人側があまりにも痛々しくみえるよ。

こういう手合いは無視して放置するのがこちら側の精神的健康を保つ
唯一の方法なんじゃないでしょうか?

総連青年部っていうのが本当ならば、あの尋常じゃない組織のなかでも
一際「異質分子」として排斥されてるんでしょうよ・・・・・・。


人間じゃないもんね。



121 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:16:56 ID:OFFwDqx3
KTXは韓国人の設計ではないけど、一応韓国が作ったもの。

122 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:17:40 ID:OFFwDqx3
今気がついたがワシのID、OFFだ。

123 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:19:21 ID:zLYaupdP
チャーハンが焦げました(泣

124 :在日光:04/10/15 17:19:44 ID:6y9qA7Rf
>>119
しかし仏教を広めたと言われている事と
聖徳太子が立てたという事は繋がりがあると考えるべきで
それなら二年ほど差異の間違いがあったと考えるべきでは?

125 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:20:05 ID:S8HjyRxH
>>122
ついにOFFで授業を開催ですか?


と、無理難題を押し付けてみるw

126 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:20:40 ID:Mc0hKN95
本州と四国を結ぶ橋も偉大な建築だと思うが
すべて日本人の知恵でできたなんていわないですよ。
世界の橋からいろいろ学んでできたものだし、人類の先輩への
敬意はあるよ。日本人はね。


127 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:20:42 ID:OFFwDqx3
>>124
無理。以上。

128 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:21:02 ID:ocijyS3j
>>42
>なぜなら官能像に百済と入れて百済官能という名前をつけたりしている。

>>52
>百済観音はたまたま百済経由で来たからでそ。

法隆寺の百済観音が「百済観音」と呼ばれるようになったのは明治に入っ
てから。明治になるまでは「虚空蔵菩薩」と呼ばれていた。だが、明治に
なって宝冠がみるかったので、虚空蔵ぼさつではなく、観世音菩薩(観音
さま)であることが判明。で、寺の記録に「百済から渡来した天竺の像」と
言う記述があったので、「伝百済観音」と名付けられた。しかし、材質が楠
であることから、百済で作られたものではなく、日本で作られたものと考え
られている。少なくとも、百済観音と百済に繋がりは無い。




129 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:21:27 ID:OFFwDqx3
>>125
それは絶対いや。

こんな分からず屋の生徒だったら間違いなく手が出る。

130 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:21:52 ID:S8HjyRxH
ウリナラ時空は時間が遡っても矛盾では無いのかよ・・・orz

131 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:22:28 ID:zLYaupdP
>>皆さん
仮説のためなら史実人物の生誕・没年を捻じ曲げよ、或いは史書の年号表記を改竄せよという
トンデモ発言が飛び出しました。この人の頭の中身って、一体どうなっているのやら…。

132 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:23:57 ID:Skbfti+a
>>124
それではダメ。
二年の誤差を埋める納得行く理由がない限り、四天王寺建立の時点では
百済人大工は「いなかった」と考えるのが正当。

逆に、百済人大工が来る前に四天王寺を作れたと言うことは、
百済の度量衡に従って設計されていない点と共に

四天王寺が「百済からの技術移転で建てられた寺ではない」有力な証明だ。

133 :在日光:04/10/15 17:25:45 ID:6y9qA7Rf
>>127
では百済から来たと言う記述は、四天王寺とは違う仏教関連のものだと?

>>128
じゃあ百済人が作ったんだろ?それでガンダーラとまったく同じか?


134 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:26:59 ID:mirSHr6j
あれー、まだやってたの?

135 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:27:12 ID:Skbfti+a
>>133
違う。材質を分析した結果、日本産の木材で出来ていることが証明されている。
つまり「百済観音」というのは、通称に過ぎないんだ。

136 :在日光:04/10/15 17:28:00 ID:6y9qA7Rf
>>132
じゃあ金剛組は、その百済から来たという記述と
四天王寺が差異があるのに、結び付けているというのか?


137 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:27:59 ID:OFFwDqx3
>>133

>>127
>>では百済から来たと言う記述は、四天王寺とは違う仏教関連のものだと?

上の方のレスを見なさい。

138 :在日光:04/10/15 17:28:41 ID:6y9qA7Rf
>>135
よく分からん。だから百済人が日本で作ったという事では?


139 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:29:00 ID:pXqaCXsf
検証可能な資料もってこい

140 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:29:38 ID:OFFwDqx3
>>136
名称問題に関しては前スレ出てたろ。ちゃんと前スレ嫁。

141 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:31:01 ID:Skbfti+a
>>138
寺の記録によれば「百済から輸入された天竺の像」とされていた。
現代風に言えば、百済の商社から買ったインドの像だとなっていたんだ。

だが、この記録自体が誤りであることが材質の分析で判明した。
つまり「百済」と呼ばれていること自体が間違いだったんだよ。

142 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:32:20 ID:ocijyS3j
>>133
>じゃあ百済人が作ったんだろ?それでガンダーラとまったく同じか?

少なくとも、日本で作られたことは間違いない。また、百済人が関わったと
いう証拠も無い。

>>138
>よく分からん。だから百済人が日本で作ったという事では?

それを裏付ける資料は無い。君の妄想。



143 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:32:22 ID:mirSHr6j
天竺、って言っても在日には何処の国だか解るまいw

144 :在日光:04/10/15 17:33:15 ID:6y9qA7Rf
>>140
金剛組はその差異があるのに結び付けていたのか?
>>141
じゃあその材質がなぜ百済にはないと分かるんだ?

145 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:33:20 ID:S8HjyRxH
>>143
「半島の北側だろ。馬鹿にするな」


と、言われる悪寒w

146 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:34:04 ID:mirSHr6j
スカンジナビア半島の北側だろうか?w

147 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:34:41 ID:OFFwDqx3
>>144
だから前スレ嫁!!!

大馬鹿者!!!!

148 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:35:21 ID:Skbfti+a
>>144
簡単だ。朝鮮半島には生息しない種類の木で出来ていたからだ。

149 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:35:45 ID:qq6Vvrtz
>>144
樹木は生育北限といって、これ以上寒くては発育できないという
限界があるわな。
亜熱帯にまで届く日本と、冷帯に近い朝鮮半島ではかなりの植生の
差があるのは当たり前。


150 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:36:08 ID:mirSHr6j
在日光を囲むOFF・・・気色悪い

151 :在日光:04/10/15 17:38:38 ID:6y9qA7Rf
ではなぜ百済から輸入したと書いたのだろうか?


152 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:39:22 ID:zLYaupdP
>>144
科学分析ってのはDNAまで調査するもんだ。どう足掻いたところで覆せない「事実」ってやつだ。

153 :在日光:04/10/15 17:42:08 ID:6y9qA7Rf
>>152
じゃあ金剛組の主張している百済から来た人というのは
ようするに差異のある、時代の記述をしようしていると?

154 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:43:02 ID:S8HjyRxH
>>153
意味不明。

155 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:43:50 ID:zLYaupdP
>>153
は? どっから金剛組なんてもんが出てきたんだ?
もしかして、何について指摘しているのかすら理解出来てないのか?

156 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:43:53 ID:ocijyS3j
>>151
>ではなぜ百済から輸入したと書いたのだろうか?

もともと法隆寺にあった仏像ではなく、「客仏」と呼ばれるもの。法隆寺の
記録も江戸時代のもの。百済が滅びたのは7世紀だから、法隆寺に正確
な情報があるわけない。

君は骨董屋が、「百済から来た仏像です」と言えば信じて買うのかい?



157 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:44:12 ID:PdLvwejL
>>153
金剛組の主張が間違っているとは、考えないの?

158 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:45:50 ID:OFFwDqx3
>>157
自分の主張が間違っているとは絶対に考えない香具師ですから。

159 :在日光:04/10/15 17:47:39 ID:6y9qA7Rf
だからだな。その金剛組は例の差異がある百済から
来たという記述を用いているのか?

160 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:48:45 ID:an+AwmBL
気になるなら電話して聞けって

161 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:49:55 ID:ocijyS3j
>>153
>じゃあ金剛組の主張している百済から来た人というのは
>ようするに差異のある、時代の記述をしようしていると?

金剛組の主張は伝承。大体、金剛重光が実在の人物かどうかも解らない。

尤も、金大中は「金棺国」の王族の子孫だっけ。12世紀より古い資料は
存在しない韓国で、古代王族の子孫を自称して、それが通用するんだ
から、韓国人の歴史なんて当てにならない。



162 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:50:04 ID:OFFwDqx3
>>159
何が言いたいか本当にわからん。

163 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:50:13 ID:qq6Vvrtz
>>159
金剛組は今で言えば「在日企業」「帰化企業」だが何か?
渡来人が日本で仏閣建設会社を設立したもの、「百済から来た会社」じゃない。


164 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:50:41 ID:zLYaupdP
多分、「例の差異」とは言ってるものの、自分でも何のことやらサッパリ分からない状態に
陥っているんだろうなぁ…。本当に子供同然だね。

165 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:51:06 ID:Skbfti+a
と言うか、金剛重光って思いっきり日本風の名前じゃ?

166 :在日光:04/10/15 17:53:03 ID:6y9qA7Rf
これだ。
871 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:04/10/15 12:12:32 ID:6j36S6qm
一応推古紀3年5月の条に
「百済の僧慧聡が来て、(高麗の帰化僧慧慈とともに)仏教を広めて三宝の棟梁となる」
という記述がある。
他にもあるかは分からん。
この場合の棟梁は宮大工のそれを指さず比喩だとは思うが一応。

873 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:04/10/15 12:20:46 ID:zLYaupdP
>>871
推古3年(595年)では全く時期が合いませんからね。(四天王寺発願は崇峻元年・587年)
文字通り「三宝(仏:ブッダ 法:ダルマ 僧:サンガ)の棟梁」という意味合いでの記述ですね。
常識的に考えても渡来仏教僧が同時に宮大工棟梁の座に収まれる筈がありませんので。



167 :在日光:04/10/15 17:54:07 ID:6y9qA7Rf
金剛組はこの百済からの渡来人の記述と、四天王寺の建立を
結び付けているのか?
それともこれとは別なのか?

168 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:54:45 ID:PdLvwejL
>>159
だから、金剛組のサイトには何を根拠に主張しているのか出典(資料)すら
書いてないのよ、君がその主張が正しいと思うなら、君自身が当時の資料を
探してきて、ここにこう書いてある、だから正しいと証明しなければいけないの。

169 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:54:49 ID:S8HjyRxH
>>167
だから、それは金剛組に電話してみろ。

170 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:54:57 ID:an+AwmBL
自分で何が言いたいのか理解できてないな。
今日に始まったことじゃないけど。

171 :マンセー名無しさん:04/10/15 17:59:13 ID:zLYaupdP
>>166
それは私が書いた傍証だな。
「時期が合わない」「三宝棟梁と宮大工棟梁は別物である」と明言しているわけなのだが、これを
引っ張り出してきてどうするつもりだ? (大方、仏教三宝というものも理解していないのだろうが)

172 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:00:08 ID:ocijyS3j
昔、金剛組の社長がテレビのインタビューに出てた。で、

「ウチの最初の施主は聖徳太子」とキッパリ答えていた(w。

話しとしては面白いけど、それは歴史じゃないんだよな。


173 :在日光:04/10/15 18:04:18 ID:6y9qA7Rf
じゃあつまり仏教とは長年にわたって伝えられたものなんだな?
その中に百済から来た奴もいたが、それらは四天王寺とは
関係ないと?
じゃあその百済から来たという記述の仏教を広めたのは
どういうものなんだ?

174 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:05:25 ID:mirSHr6j
金剛組サイトから抜粋

607年(推古15年)、四天王寺に遅れること14年。
同じく聖徳太子の命により創建された法隆寺もまた、我が国が世界に誇る木造建築の最高峰の一つ。
これは、金剛重光とともに百済より渡来した二名の工匠たち
(うち一名は山城の国に赴任)の手によるものと言われています。

言われています。
言われています。
言われています。

175 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:07:50 ID:qq6Vvrtz
>>173
百済から来たと明確に書いてあるのは日本書紀の後半ぐらいだろ。
ちなみに、これで日本に導入されたのは「仏像」と「仏僧」、肝心の
仏法教典がアレだったんで唐招提寺で唐から導入したのが日本の
仏教の正道。
それ以外は雑密として他の信仰と融合していった。


176 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:08:47 ID:PdLvwejL
>>172
まっ日本人なら、笑って受け流す話だし、その社長さんも
まさか真に受ける馬鹿が居るとは、思いもしなかったろうな。

>>173
仏教の発祥はインド、百済は地理的に伝来が早かっただけ
百済だけでなく、他国からも高僧が日本に来て教えを広めている。
お前が自慢できる話ではない。
だいたい、貿易相手なんだから倭(日本)も百済に対して対価(お金や
軍事力)を払っている。お客様には感謝せいよ。

177 :在日光:04/10/15 18:12:28 ID:6y9qA7Rf
じゃあ
百済の僧慧聡が来て、(高麗の帰化僧慧慈とともに)仏教を広めて三宝の棟梁となる
これはいったい具体的に何を広めたんだ?

178 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:14:08 ID:zLYaupdP
>>177
そう来ると思ってたよ。

・三宝とは何か
仏(ブッダ):仏像(つまり仏陀・釈迦)
法(ダルマ):仏法経典
僧(サンガ):修行者・仏僧
これが仏教の基本理念。これを(経典は唐より)導入した。
仏教三宝を広める監督者の立場として「三宝の棟梁的立場」と称しただけの話。

179 :在日光:04/10/15 18:15:27 ID:6y9qA7Rf
>>178
つまり仏教のより具体的なそれらの物を取り入れた。
そしてそれが百済の僧なんだろ?

180 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:19:43 ID:qq6Vvrtz
>>179
全然具体的じゃないじゃん、教典禁忌の存在は宗教の定義だが
それさえ満たしてない。
だから、それを満たせる唐から鑑真を招聘した訳で。


181 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:20:57 ID:EHh8EqCI
【感想】
繰り上がりのある足し算がおぼつかない奴に割り算を教えようとしてるみたいだな。
しかも10の合成・分解をまずやれといってるのに大丈夫だといってやらないし・・・
継続的に関わってる人には頭が下がります。

182 :在日光:04/10/15 18:22:31 ID:6y9qA7Rf
>>180
百済と書かれているじゃないか。


183 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:23:19 ID:PdLvwejL
>>179
では聞くが、百済ではいつ、どこの誰から仏教を取り入れたんだ?
日本人は、感謝の印として歴史書に名前を残したんだ。
百済の後裔である、韓国にも当然記録が残っているはずだよね?
まさか自国の仏教の伝来も知らずに、日本に仏教を伝えたことを
誇ったりしないよな?



184 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:23:22 ID:an+AwmBL
足し算以前に数字の大小判断すら(ry

185 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:24:01 ID:zLYaupdP
>>166を百回読み返すように。
推古3年(595年)に僧慧聡が渡来する以前に四天王寺発願が崇峻元年(587年)に為されている。
仏教の雛形は既に存在していたというわけだ。これを更に、唐の鑑真達を招聘することによって
補強・吸収していった。推古3年に渡来してきた僧慧聡によって仏教が齎されたわけではない。

186 :在日光:04/10/15 18:26:05 ID:6y9qA7Rf
>>183
百済と書かれているぞ。
「百済の僧慧聡が来て、(高麗の帰化僧慧慈とともに)仏教を広めて三宝の棟梁となる 」


187 :在日光:04/10/15 18:27:27 ID:6y9qA7Rf
>>185
唐がどこに書いてある。百済と高麗だろ。

188 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:28:48 ID:zLYaupdP
>>185
推古3年(595年)に僧慧聡が渡来する以前に四天王寺発願が崇峻元年(587年)に為されている。
仏教の雛形は既に存在していたというわけだ。
推古3年に渡来してきた僧慧聡によって仏教が齎されたわけではない。

↑この部分、理解出来ているか?

189 :在日光:04/10/15 18:29:44 ID:6y9qA7Rf
>>188
仏教の一部が来たという事じゃないのか?


190 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:31:32 ID:zLYaupdP
>>189
…全く理解出来てないな。>>166>>178を「それぞれ百万回」読み直せ。

191 :在日光:04/10/15 18:35:54 ID:6y9qA7Rf
>>190
それは四天王寺の建立と百済から来た僧侶の時代が違うという
話ではないか?
それをよく読むと、そのその僧侶がつけるわけがない。
つまり三宝の棟梁となれるはずがないと書かれているようだな。
で、これはなぜおかしいんだ?

192 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:36:42 ID:qq6Vvrtz
>>182
つまり、「KOREA」と名乗るロックバンドは韓国音楽を完璧に把握する、と。

>>189
百済が仏法を持ち込んだというソースは?、日本の仏法は全て鑑真の唐招提寺発。
ついでに、百済が仏像を持ち込んだというソースは?
自称の「三宝の棟梁」でさえ、一つしかソースなしじゃん。
しかもその一つさえ>>188の通りそれ以前のが明確にある「ウリジナル」。

193 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:38:15 ID:zLYaupdP
>>191
その質問に答える前に、本当に理解出来たかどうかを確認させて貰う。
・三宝とは何か?
・三宝の棟梁とはどのような意味か?
この二つの問いに対して回答を述べよ。

194 :在日光:04/10/15 18:38:38 ID:6y9qA7Rf
>>192
つまり四天王寺建立の頃に三宝を備えたわけで
その百済から来た奴が備えたわけではないと?

195 :在日光:04/10/15 18:39:22 ID:6y9qA7Rf
>>193
仏(ブッダ):仏像(つまり仏陀・釈迦)
法(ダルマ):仏法経典
僧(サンガ):修行者・仏僧


196 :在日光:04/10/15 18:39:46 ID:6y9qA7Rf
棟梁とは備える。

197 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:40:17 ID:PdLvwejL
>>194
在日光君、>>183をよく読んで答えてね、スルーは無しだよw
百済における仏教伝来について教えて?

198 :在日光:04/10/15 18:41:35 ID:6y9qA7Rf
>>197
百済に関しては分からん。
しかし日本に百済から伝わっているだろ。


199 :在日光:04/10/15 18:42:05 ID:6y9qA7Rf
>>197
それから日本書紀自体、寺などの資料をもとにしていたりする。
だから金剛組の資料は別におかしくない。

200 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:43:10 ID:zLYaupdP
>>195 正解。これはきちんと把握出来たようだな。
>>196 不正解(…とうよりも意味不明だ)。
>>178を百万回読んで「三宝の棟梁とはどのような意味か」を、もう一度答えよ。

201 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:43:30 ID:an+AwmBL
読んだことない香具師がおかしくないとかよく言えたもんだw

202 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:46:43 ID:PdLvwejL
>>198
なんて厚顔無恥な、もし狗と比べたら、狗に謝らなくてはいけない位の
恩知らずだな、君は。
良くこれで百済の歴史は韓国の歴史などと言えるもんだ、呆れたよ。
では百済が日本に仏教を伝えた事実を確認して、いったいどうしたいんだ?

203 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:50:55 ID:8N82Vr49
ええい。歯がゆすぎる。

棟梁ってのはな、大工とは限らず組織の偉い人をさすんだよ。
「源氏の頭領(棟梁)」と言えば源氏一族の指導者。
将軍のことを「武家の棟梁」なんて言うのも同じ。
ちなみに韓国国家元首の称号である「大統領」 の語源でもあるので覚えておくように。

204 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:52:23 ID:ocijyS3j
>>176
>まっ日本人なら、笑って受け流す話だし、その社長さんも
>まさか真に受ける馬鹿が居るとは、思いもしなかったろうな。

そうそう。話しとしては凄く面白い。私、あんな社長さんは好きです。
でも、「ネタにマジレス」みたいなもんで、アホな在日には困ったも
んです(w



205 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:52:35 ID:zLYaupdP
「三宝の棟梁」という意味も分からずに>>191の質問が繰り出せる辺り、恥という概念は一切
無い人間なのだろうなぁ…。「回答されても意味が分からないけど構わない」という論理か。

>>203
あららら。意味を調べさせて理解させる算段だったのだけど…、まぁ仕方ないですね。

206 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:55:16 ID:8N82Vr49
>>205
む、申し訳ない

207 :在日光:04/10/15 18:56:03 ID:6y9qA7Rf
>>200
その三つとも中国から取り入れて
じゃあ百済の僧侶は仏教の何かを日本に伝えたから
その三つの心があるという感じか?

208 :在日光:04/10/15 18:57:03 ID:6y9qA7Rf
また明日だ。

209 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:58:30 ID:zLYaupdP
>>206
いえいえ、とんでもありませんよ。私も多分、イライラして説明してしまうでしょうから(笑


では>>191に回答しましょうかね。

・僧が三宝の棟梁となれる筈がないと書かれているようだが
回答は「No」。きちんと>>166を読んでいるなら間違いようがない筈なんだが。

常識的に考えて僧が「三宝の棟梁」と「宮大工の棟梁」を兼ねる立場に収まることが出来ない、
と書いてある。在日光の国では坊さんが大工仕事の監督を兼ねて寺院を建てられるのかね?

210 :マンセー名無しさん:04/10/15 18:59:00 ID:UjHO6asr
日本はね、中国が近かったら中国から、
インドが近かったらインドから、
仏教に詳しい人を招きたかったんだよ。
でも遠かったから、仕方がなく百済から呼んだんだよ。
ただそれだけ。

211 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:07:14 ID:dd+jqfc6
みんなすごいなあこの忍耐力w

しかしワシ、てっきりこいつはアホな民族学校の生徒かなんかだろうと思ってたら
27歳かよ・・・・オイオイ

212 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:08:40 ID:dd+jqfc6
>>210

ま、後に半島経由じゃしょうがないって事で鑑真和上来てる訳だしねw

唐初に、これじゃしゃーないわって事で玄奘が取経しにいったようなもんで。

213 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:08:43 ID:8N82Vr49
>>209
ほら、君子は天地の間に知らないことがあってはならないのが伝統だし、
北の将軍様は農民に農業を、軍人に戦略を、エンジニアに技術を指導するし…

彼にとっては「偉大な百済人僧侶」なら寺の建て方に精通していても不思議はないのかもしれませんよ。

214 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:10:22 ID:EHh8EqCI
お疲れ様です>ALL
手元に書紀があったので、書紀編纂資料の寺院縁起のところだけ置いていきますね。

【資料】

日本古典文学大系「日本書紀上」岩波書店:1974 P.16
解説 3.資料

寺院の縁起

この類のものでは、「元興寺縁起」がもっとも利用されている。
この書は元興寺に関する諸種の古記録を平安時代に収録したものであるが、
中に元興寺塔路盤銘、丈六光銘などの推古朝の遺文が見える。
崇峻紀・推古紀における法興寺造営に関する記事はこれらの金石文を材料として書いたらしい。
また敏達紀に見える馬子の崇仏、仏教の迫害などの記事も、元興寺縁起中の古縁起の文と密接な関係がある。
このほか欽明期に吉野比蘇寺、用明期に南淵坂田寺の仏像の由来を述べた文があるが、
これらも寺に伝えた縁起物語をとり入れたものと思われる。(この項執筆は小島憲之)

215 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:15:36 ID:pXqaCXsf
渡来人の影響を語りたいなら、何も法隆寺に拘る必要はないと思うんだが。
*は何が言いたいのか分らない

216 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:17:06 ID:A54mXHsU
>>208
君には人に物を尋ねて「感謝」って言葉をしらんようだね。さすが反日団体。

明日は光がきても全員「ノーレスポンス」だったらどういう反応するんだろう?
激しくみてみたいよ。

本当に皆様ご苦労様!m(__)m

217 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:20:42 ID:dd+jqfc6
>>215

結局ね、過去2スレ見たところ彼が言いたいのは・・・

「お前ら半島をストローストロー言いやがって!!中国中国中国!!どいつもこいつも中国かッ!!!
 くっ・・・・百済だってなあ!オリジナルがあったんだよッ!
日本の仏教文化には百済の影響だってあるんだよおおおお!!ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン 」


・・・と、読みますたw

218 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:22:11 ID:8N82Vr49
>>216
「誰も反論できない。勝利ニダ」と踊り狂って喜ぶのではないかと(^^;

219 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:41:12 ID:S8HjyRxH
>>218
人が来るまでスレをage続けます。
その時の科白。

「あ」
「おい」
「いないのか」
「ここだぞ」
「本当にいないのか」

です。

220 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:50:15 ID:A54mXHsU
なんていうのかなぁ・・・・。ほんとに小学生以下の言葉使いしかできない
んだなぁ。一体どこが儒教の国なんだか。

なんか、南も北も、反日も親日派もひっくるめて「大きな溝」をかんじるよ。
これじゃ他の外国人と同じように付き合おうってきがでてこないよぉ。嘆息

221 :マンセー名無しさん:04/10/15 19:58:52 ID:dd+jqfc6
明治時代の評論家、山路愛山は半島旅行をして
鮮人の事を・・・

なまいき
知ったふり、その実無学
押し強し、恥を知らず

・・・と評しているが、民族の性向ちゅーもんは時代が変わっても
同じもんなんじゃねえ・・・

222 :76:04/10/15 20:14:14 ID:mOoK2uZD
>>77-79

漏れは76だが。前スレですでに説明している。以下、前スレのコピペ↓

>金剛家の伝承では「西暦578年、百済から金剛、早水、永路という3人の建築技術者が渡来した。
>金剛は名を重光といい、後に、聖徳太子が勧進し四天王寺を造営。」ということになっているが、
>日本書紀にはそのようなことは書かれていない。日本書紀によると
>西暦578年(敏達天皇六年十一月)には百済王が六人の僧侶や技術者を送ってよこしたが
>そのうちの一人が「造寺工」。あとの五人はそれぞれ職業がかかれていて関係ない。名前もない。
>この段階で、三人だったとする金剛家の伝承は食い違っている。
>それと日本書紀の推古元年の条には四天王寺建立の記事があるが、金剛重光の話はもちろん
>敏達六年の造寺工のことにも一切ふれてない。
>むろんその造寺工の名前が金剛重光であった可能性や当人が四天王寺をつくった可能性は
>ないとはいえないが、岩波文庫の日本書紀の注釈の説明によると、建築跡からは伽藍配置などが
>大陸風の建築(つまり中国様式)だったことがわかっているとの事。
>よく考えてみれば、当時としては中国式の寺を建てることのできる技術者だからこそ日本への
>贈り物としての意味があるわけで、百済式だの高句麗式だのはぱっちもんだろう。

223 :マンセー名無しさん:04/10/15 21:13:52 ID:8N82Vr49
>>220
儒教の国なんでしょう。自分が上だという根拠も揺るぎもない確信があるからには、
アレが朝鮮儒教的に正しい態度…のようです、困ったことに。

224 :マンセー名無しさん:04/10/15 23:00:26 ID:xomifR1E
中国儒教は朝鮮儒教へ
キリスト教は統一教会へ

朝鮮様式です。

225 :桃葡萄梨 ◆8FGTmWBuVw :04/10/16 00:11:06 ID:jooPWSbB
半島には古代に関して何の歴史的資料もない。

だからナンとでも捏造が可能。

羨ましいな、ある意味。

226 :マンセー名無しさん:04/10/16 00:23:45 ID:rITpUGYf
>>225
あの醜態を、かりそめにも『羨ましい』と感じるのは毒され始めている兆候です。
ご注意あれ。

227 :マンセー名無しさん:04/10/16 02:09:43 ID:5n6RchAI
>>225

現代史だって「韓国独立軍」なんて架空の軍隊を教科書に載せてるんだが...。


228 :マンセー名無しさん:04/10/16 03:26:49 ID:vVBBHRPi
>>225
どんなに好き勝手に話を作っても、やはり本能的にどこかおかしいと分るようですよ。
韓国人が日本人あいてに歴史を語るのを好むのは、自分達の信じている事は本当
なのか確認を取りたい、第三者の賛同を得てこそ真の自尊心と言うか、魂の渇きを
癒すことが出来ると。自前の歴史なんか、あって当り前と思っている日本人には分り
難い話ですけど。
在日光君は特にアレな様に思われますが、本当に韓国人は自国の歴史の事は
日本絡みの事しか知らないんです、日本と没交渉となる新羅統一以降の歴史を
教えてもらおうと思って話をふっても、まともな答えが返ってきた事は無かったです。
これは自分の体験ですので、サンプル数が極端に少ないことは認めますが。

229 :マンセー名無しさん:04/10/16 06:17:33 ID:SAwW97y2
日本では笑い話にしかならないようなこのスレも、朝鮮人のデォフォルトなんだろうね。韓国の修学旅行生
が京都や奈良回って「あれもこれも、ウリが建てた」と言ってるのは本当なのか?

230 :在日光:04/10/16 09:20:08 ID:J4nrCMI0
>>209
それはおかしい。日本書紀に書いているのだから、そういう立場だったんだろう。
そう考えるべきだろ。

231 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:28:41 ID:429NITiA
>>230
書いてないって日本書紀にw

つーか貴様、宿題だった図書館で書紀原本の借り出しやってきたか?ん?

232 :在日光:04/10/16 09:29:50 ID:J4nrCMI0
>>231
いや違う三宝がどうとかは書いてある。指導的立場にたっていたという
事だ。

233 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:29:54 ID:429NITiA

おっとしまった「三宝の棟梁」か・・・・

仏法僧のボスが建築と何の関係があるのかな?

234 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:30:49 ID:429NITiA
>>232

僧侶やで僧侶w

僧侶がねじり鉢巻でカンナかけたりトビやるんかいなw

235 :在日光:04/10/16 09:33:22 ID:J4nrCMI0
そうじゃない。僧侶が大工達に指導するわけだ。


236 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:36:11 ID:429NITiA
これなあ・・・もし金剛組が書紀をソースとしてああいう主張してるんだとしたら、
彼らの主張はかなりインチキって事になっちまうんだよね・・・

「棟梁」とは本来ボスって意味だが、
"現代”においては一般に大工のエライ人としてしか使われていない。

だから金剛組が「三宝の棟梁」を無知からか、あるいは意図的に曲解して大工だとして
自分とこの権威付けに利用してるんだという事になっちゃうんだよねえ・・・・

237 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:36:30 ID:quRjhOeT
基本的な約束事が守れないやつは放置でよろ>ALL

238 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:38:34 ID:429NITiA
>>235

無理だってw

そりゃ〜〜中世ヨーロッパの僧侶は色々やりましたぜ、
酒をつくり、絵を描き、工芸もやった。

しかし・・・コレは全て「専門職」の僧侶がいたのね。

坊さんの数が徹底的に不足してる飛鳥期の日本でだよ?
わざわざ大工仕事を専門職にしてるぼーさん呼ぶのかね?

239 :在日光:04/10/16 09:42:15 ID:J4nrCMI0
>>238
だから日本書紀に書かれているんだから、じゃあなぜ
大工の指導者だったのかと考えるべきだろ。
おまえらは推測だろ。

240 :桃葡萄梨 ◆8FGTmWBuVw :04/10/16 09:44:11 ID:iV8LU0uX
高句麗式って半島オリジナルでないんだろ?
支那人がそう言っていたと思ったが。

241 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:44:16 ID:429NITiA
>>239

推測にもならんわw
そもそも「三宝の棟梁」って記述のどこが大工になるんだよ

つーかsageろよな・・・みんな専用ブラウザ使ってるんだからあげる意味ねえぞ

242 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:45:44 ID:429NITiA
>>240

彼らは後の満人ですな。
朝鮮人とは関係ありませんです。

ただ、朝鮮人は日本人と高句麗人の緩衝地帯に発生した
混血である・・・というオソロシイ説もありますです。

243 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:47:17 ID:IJayHp8Q
>>238
おまいさんはちゃんとスレを読んでいるのかね?
棟梁という言葉にこだわっている様に見えるけど、
>>203を読んだか?


244 :在日光:04/10/16 09:48:56 ID:J4nrCMI0
じゃあそもそもなぜ大工の指導者になれるはずがないと
疑問になっているんだ?


245 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:49:43 ID:429NITiA
>>243

なんつーかもう、まず「大工」という結論ありきで、
それっぽい記述はどんなに無理があってもこじつけようとしてるようですなあw

しかしそれは金剛組にも言えますな。もし彼らが記紀を根拠にしてるなら。

246 :209:04/10/16 09:49:57 ID:UpLveJPC
>>在日光
馬鹿を言うのも大概にしろ。
「三宝の棟梁」とは文字通り「三宝に関して監督を行う者」という意味だ。
日本書紀には「設計・建築の棟梁であった」とは何処にも書かれていない。

247 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:51:36 ID:429NITiA
>>244
> じゃあそもそもなぜ大工の指導者になれるはずがないと
> 疑問になっているんだ?

常識で考えろ常識でw

仏教哲学も建築も片手間で掛け持ちできるものかどうかをw

248 :在日光:04/10/16 09:51:39 ID:J4nrCMI0
>>246
だからなぜじゃあ大工の指導者だという疑問になっているんだよ?


249 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:52:30 ID:429NITiA
>>248


意味がわからん????

250 :在日光:04/10/16 09:52:58 ID:J4nrCMI0
>>247
違う。おまえらが疑問に思ったんだろ?
つまり大工の指導者もかねえいると何かに書かれていたから
それはおかしいという事になったのか?
それとも誰かが勝手に、大工の仕事の指導者とかかれているのでは?
という話になったからなのか?

251 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:53:15 ID:UpLveJPC
>>248
ふざけるな、お前が「大工の指導者」だと言い張ってるんだろうが!

252 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:53:22 ID:429NITiA
>>250
??????

253 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:54:49 ID:429NITiA
もちっと意味の分かる日本語書いてくんねえかい?

何を主張したいのかさっぱりなんだが・・・

254 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:55:57 ID:IJayHp8Q
>>250
意味不明
みんなの疑問はおまいさんの読解力なのだがw

255 :マンセー名無しさん:04/10/16 09:58:28 ID:UpLveJPC
3歳児の子供でも分かるように、これまでの一連の流れを時系列で要約してやる。

・日本書紀には百済から僧が渡来してきたという記述は無い(記述は違う時期)
  ↓ 在日光:そいつらが大工を兼ねたのではないか?
・渡来してきたのは僧は「仏法概念(三宝)の棟梁」であり大工とは全く関係が無い
  ↓ 在日光:じゃあどうして大工の指導者だという疑問になってるんだ?
・こっちが聞きたいくらいだ、ボケ!

どれだけ自分が馬鹿なこと言っているか、理解出来るか?

256 :在日光:04/10/16 10:00:30 ID:J4nrCMI0
だからだな。俺は誰かが大工の指導者になれるはずがないとか
言っていたから、言い出したんだ。
じゃあ元々の大工の指導者とかかれているから
この記述はおかしいと言う話になったんじゃないのか?

257 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:01:40 ID:429NITiA
>>256
> じゃあ元々の大工の指導者とかかれているから
> この記述はおかしいと言う話になったんじゃないのか?

「金剛組」がそう主張してるから(もしこの一文がソースなら)おかしいって事だな。

258 :在日光:04/10/16 10:02:07 ID:J4nrCMI0
そうか。じゃあその三宝の指導者に百済人がなったわけだな?


259 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:02:11 ID:UpLveJPC
>>256
「大工の指導者」と記されている「お前の資料」とは何か、提示せよ。

260 :在日光:04/10/16 10:02:40 ID:J4nrCMI0
>>257
金剛組が?そんな事をかかれているのか?

261 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:03:53 ID:429NITiA
>>258
この記述から考えればそれは間違いないっしょ。

要するに、「仏教を教える指導者」として百済人が来たと。

仏教だぞ仏教・・・大工でも建築家でもないぞw

262 :在日光:04/10/16 10:04:19 ID:J4nrCMI0
>>257
金剛組のどこに書かれているんだ?

263 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:04:20 ID:UpLveJPC
>>258
>>166を一億回読め。

「百済の僧慧聡が来て、(高麗の帰化僧慧慈とともに)仏教を広めて三宝の棟梁となる」
理解出来るか?

264 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:04:31 ID:429NITiA
>>260
> >>257
> 金剛組が?そんな事をかかれているのか?

オマエがそーゆうたんじゃぃ!!!
「金剛組」のサイトを引き合いにだして!!!!

265 :在日光:04/10/16 10:05:44 ID:J4nrCMI0
>>261
しかし金剛組とも結びつくぞ。つまり僧侶ではなく
大工の三人がやってきて、そして作り上げたんだよ。
8世紀に作り上げているので、その過程にいたという事になる。
つまりこの僧侶の話も、この過程の時代と言う話だ。

266 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:06:36 ID:UpLveJPC
>>在日光
お前さん、もう自分が何を質問しているのかどうかも分かっていないだろ?

267 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:07:14 ID:429NITiA
>>265

だからな、「金剛組の主張」を裏付ける証拠が「記紀」には全く無いぞ!?って事よ。

企業の宣伝サイトの文章だけじゃ信用するに足りないよ、って何百回言わせる?

268 :在日光:04/10/16 10:07:45 ID:J4nrCMI0
>>264
ああ、なるほど。つまり俺が金剛組と、この僧侶を結び付けたんだな?
しかし繋がりはある。この僧侶はこの時代に三宝の指導者となり
建築士も百済人だったと成り立つだろ。
つまり仏教は百済人に頼っていた証拠だ。
だから建築士も僧侶でない百済人だろう。


269 :在日光:04/10/16 10:08:32 ID:J4nrCMI0
>>267
それはおかしい。元々日本書紀も寺の資料をもとにしたりしているだろ。
それなら金剛組の資料は使えるだろ。

270 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:08:57 ID:IJayHp8Q
>>265
お前は日付が変わるとリセットされる仕組みなのか?

271 :在日光:04/10/16 10:09:20 ID:J4nrCMI0
それとも、日本書紀の元になった寺などの資料に元となる
資料があり、その元となる資料はあるのか?
こう考えるときりがなく、じゃあ日本書紀も信用できなくなるだろ。

272 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:09:37 ID:UpLveJPC
>>265
あー、分かった分かった。では、その「大工三人がやってきた」という資料を提示せよ。
日本書紀には一切記述が無い。もし、そんな学術的資料が発見されたとすれば大騒ぎだ。

>>268
建築士は百済人ではない。もし、それを主張するなら資料を提示せよ。

273 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:09:38 ID:429NITiA
>>268

> ああ、なるほど。つまり俺が金剛組と、この僧侶を結び付けたんだな?

やっと分かったかw

> しかし繋がりはある。この僧侶はこの時代に三宝の指導者となり
> 建築士も百済人だったと成り立つだろ。

証拠がなければ成り立ちませんw
建築家も来た「かも」しれないし「来なかった」かもしれない。

史料がなければ考古学的に考証するしかない。



274 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:10:05 ID:IJayHp8Q
すまん、ageてしまった

275 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:10:57 ID:UpLveJPC
本当に三歳児以下の理解力だな…。これで本当に自称27歳なんですかね。

276 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:11:29 ID:429NITiA
>>269

> それはおかしい。元々日本書紀も寺の資料をもとにしたりしているだろ。
> それなら金剛組の資料は使えるだろ。


じゃあ例えばだな、俺が聖書の一文をソースに無理やりこじつけて
「ワタシの家はキリストの家系です」ってサイト立ち上げたら、
その資料は使えるのかね?w

277 :在日光:04/10/16 10:12:59 ID:J4nrCMI0
金剛組のサイトにある。寺の資料は日本書紀の資料になっていたりする。
仏教の指導者だったのだから、日本は素人だったと言えるだろ。
だから建築士も百済から来ていると見て間違いないはずだ。


278 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:13:50 ID:429NITiA
>>277
> 金剛組のサイトにある。寺の資料は日本書紀の資料になっていたりする。

(゚Д゚)ハァ?
(゚Д゚)ハァ?
(゚Д゚)ハァ?
(゚Д゚)ハァ?



279 :在日光:04/10/16 10:14:43 ID:J4nrCMI0
>>276
使える。その資料が当時に書かれたものならば使える。
しかも、もっと強力な説得力がある理由として
これは四天王寺におさめられている資料だからだ。
一般の家の資料とは違う。

280 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:14:52 ID:429NITiA
>>277

お・・・・・オマエさん・・・書紀の成立の課程・・・全然知らないだろう?

・・・って今更だがw

281 :在日光:04/10/16 10:15:43 ID:J4nrCMI0
>>278
だからだな、日本書紀だって、寺などの資料を元にしていたりするんだろ?
それならなぜ金剛組の資料は証拠にならないんだ?
これを元に日本書紀に記述されそこなっただけでは?

282 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:16:04 ID:IJayHp8Q
>>227
半日前もリセットか?
>>222
を嫁

283 :在日光:04/10/16 10:16:19 ID:J4nrCMI0
>>280
日本書紀は寺の資料も元にしているんだろ?


284 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:17:31 ID:UpLveJPC
>>283
日本書紀に記述されている事項は「当時の法隆寺や四天王寺、更にはその他の史跡など」が現存して
確認されているからこそ信憑性が高い資料として認められている。寺の資料に基づいて記述された、と
勘違いするのもいい加減にしろ。

285 :282:04/10/16 10:17:48 ID:IJayHp8Q

すまん>>227じゃなく>>277だった

286 :在日光:04/10/16 10:19:36 ID:J4nrCMI0
>>284
おかしいな。じゃあ四天王寺などの現物を見て、これはいつ建てられたんだ?
となるんだろ?
そうして四天王寺に納められている資料を読むわけだろ?
そうしてそれが金剛組じゃないか。

287 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:21:05 ID:429NITiA
>>283

じゃあ百歩ゆずってだな・・・

「百済の大工が建てました」って明記されてる「当時の寺の史料」とやらをあげておくれw
書紀には全然記述が無いぞ。

>金剛家の伝承では「西暦578年、百済から金剛、早水、永路という3人の建築技術者が渡来した。
>金剛は名を重光といい、後に、聖徳太子が勧進し四天王寺を造営。」ということになっているが、
>日本書紀にはそのようなことは書かれていない。日本書紀によると
>西暦578年(敏達天皇六年十一月)には百済王が六人の僧侶や技術者を送ってよこしたが
>そのうちの一人が「造寺工」。あとの五人はそれぞれ職業がかかれていて関係ない。名前もない。
>この段階で、三人だったとする金剛家の伝承は食い違っている。


288 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:22:24 ID:UpLveJPC
>>皆さん
そろそろ結論を出しても良い頃合でしょう。まずは回答を突きつけ、それに文句があるのならば
反証の資料を提示せよという形で、そろそろ決着を付けませんかね。

>>在日光
結論を述べる。

「四天王寺も法隆寺も百済人の手による建造物ではない」。
「仏教を広めたのも百済人ではない」。
以上の二点を証明する具体的資料を我々は既に幾度も提示した。

反論があるならば根拠となる資料を提示せよ。
これが為されない限り、君の口にする意見は全て妄想の域を出ない代物だ。

289 :在日光:04/10/16 10:25:12 ID:J4nrCMI0
>>287
まさにそれだ!それが日本書紀とマッチしている。
その六人の内の3人とみて間違いないだろ。
年代もいっしょなんだから。
三人は建築者で、その他が僧侶だったんだろ。


290 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:29:04 ID:429NITiA
え〜〜とですな、当時の仏教関係渡来者のリストをあげると

司馬達等(北魏・高句麗系):仏像

恵滋(高句麗):仏教哲学
覚か(高句麗):儒教
曇徴(高句麗):紙鋤、彩色法

恵聡(百済):仏教哲学
観勒(百済):天文、暦法

・・・と、まあこのようになっておりまして、大工、建築家の記述はありませんなあ

291 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:30:00 ID:UpLveJPC
>>289
>>287

>金剛家の伝承では「西暦578年、百済から金剛、早水、永路という3人の建築技術者が渡来した。

>日本書紀にはそのようなことは書かれていない。
>西暦578年(敏達天皇六年十一月)には百済王が六人の僧侶や技術者を送ってよこしたが
>そのうちの一人が「造寺工」。あとの五人はそれぞれ職業がかかれていて関係ない。名前もない。

>この段階で、三人だったとする金剛家の伝承は食い違っている。

文字は読めるか?
御託はいいから、お前がまず資料を探し出して提示しろ。

>>皆さん
以降は資料提示が為されるまでスルー、雑談タイムをお楽しみ下さいませ。

292 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:30:19 ID:429NITiA
>>289
> >>287
> まさにそれだ!それが日本書紀とマッチしている。
> その六人の内の3人とみて間違いないだろ。

↓よく読め
あとの五人はそれぞれ職業がかかれていて関係ない。

あとの五人はそれぞれ職業がかかれていて関係ない。

あとの五人はそれぞれ職業がかかれていて関係ない。

あとの五人はそれぞれ職業がかかれていて関係ない。

あとの五人はそれぞれ職業がかかれていて関係ない。

293 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/16 10:30:48 ID:av5KWzsc
馬鹿に付ける薬って無いからなあ。

294 :在日光:04/10/16 10:31:06 ID:J4nrCMI0
>>291
だから寺の資料をだせと言うんだろ?だから金剛組の資料を
提出した。
金剛組は寺の資料じゃないか。


295 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:31:30 ID:UpLveJPC
>>293
発明されればノーベル賞受賞は確実なんですがねぇ…、こればっかりは。

296 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:32:23 ID:429NITiA
>>294

で?何ていう寺の何という縁起書に何と記述されてるんですか?w

297 :在日光:04/10/16 10:32:32 ID:J4nrCMI0
>>292
それはそいつの間違いだ。
名前も書かれてないと同時にあるだろ?
つまり職業が書かれていないから関係ないと言いたいのだろう。

298 :在日光:04/10/16 10:32:56 ID:J4nrCMI0
>>296
金剛組の資料だよ。

299 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:33:30 ID:429NITiA
>>297


職業がかかれていて

職業がかかれていて

職業がかかれていて

かかれていて


かかれていて



かかれていて



かかれていて


300 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:33:35 ID:UpLveJPC
>>296
あー、寺の資料って言ってますけど、コイツが引き合いに出してるのは寺の「サイト広告」なんですよ。

301 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:33:55 ID:429NITiA
>>298
> >>296
> 金剛組の資料だよ。

金剛組は「寺」じゃありませんw



302 :在日光:04/10/16 10:34:01 ID:J4nrCMI0
>>299
ちなみにじゃあ職業は何だ?いえるのか?

303 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:34:18 ID:429NITiA
>>300
わかってますw

304 :在日光:04/10/16 10:34:35 ID:J4nrCMI0
違う、金剛組は寺の資料だ。
四天王寺を支配している一族だろ。

305 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:35:17 ID:429NITiA
>>302

ちょっとまて書紀の原典にあたってみるから

306 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:36:38 ID:UpLveJPC
>>304
ttp://www.kongogumi.co.jp/ (「株式会社」金剛組)

307 :在日光:04/10/16 10:38:10 ID:J4nrCMI0
>>306
じゃあこの金剛組とはいったいどういうかかわりがあるんだ?


308 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:38:50 ID:IJayHp8Q
>>304
支配などしているわけないだろ。サイトにも
>江戸時代までは、金剛家は官寺・四天王寺のお抱えの宮大工であり、 
 毎年、定まった禄にあずかっておりました。
お抱えの意味はてめぇで調べろ。

309 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:39:37 ID:UpLveJPC
>>307
ttp://www.kongogumi.co.jp/gaiyou.htm
寺社建築の設計・施工・文化財建造物の復元、修理等

310 :在日光:04/10/16 10:41:21 ID:J4nrCMI0
>>308
それはどういう意味なんだ?
江戸時代まではと書かれているように、つまり建築した
当初から関わっているという事なんだろ?
それなら充分な資料になるのでは?

311 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:43:46 ID:UpLveJPC
>>在日光
さて、君の拠り所であった「資料」とやらがこれで無効になった以上、君は新たな資料を求めて
調査・提示を為さねばならないわけだ。それまでは一切の質問をスルーさせて頂く。

>>皆さん
この方針にて、皆さんも宜しくお願いします。

312 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:44:24 ID:429NITiA
>>310
あのな?金剛組の伝承なんてのは
公文書でもなきゃ、史学家に認められた史書でもなんでもないの。

アポクリファなのよアポクリファ

わかるか?アポクリファって?そんなものは史料にならんの。

「史学的」にな?わかるか?「言い伝え」と「実証史学」の違い?

313 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:45:40 ID:UpLveJPC
>>312
自称・犬の末裔の民族らしいですから、そんな難しいことを言っても在日光には分からないかと。

314 :在日光:04/10/16 10:46:40 ID:J4nrCMI0
>>312
建築した当初から関わっているのなら、それは寺と同じ
資料の内に入るだろ。

315 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/16 10:49:15 ID:av5KWzsc
何せ、昔々と言う所を「虎がタバコを吸っていた頃」と表現するような国の人だからなあ。


316 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:51:59 ID:qvDcxltI
横レスで質問なのですが…

四天王寺や法隆寺クラスの仏閣は、
当事の建築技術で着工から完成までおよそ何年かかるのでしょう?

317 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:52:10 ID:UpLveJPC
>>315
そんな言い回しをするんですか。何でもアリなんですね。
朝鮮半島に原生の煙草が生い茂っていたんですかね。マルボロとか(笑

318 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:53:05 ID:IJayHp8Q
>>314
金剛組はどんな資料を残していたの?

319 :在日光:04/10/16 10:57:19 ID:J4nrCMI0
>>318
金剛組のサイトに詳しくあるぞ。
三人の技術者が四天王寺と法隆寺を建築したとか。


320 :マンセー名無しさん:04/10/16 10:59:39 ID:429NITiA
やっとわかったよ・・・

こいつには「実証史学」って概念が欠如してるんだわ・・・


いいかい、よくお聞き、残っている伝承・史料をまず疑ってかかる所から
実証史学ってのは始まるんだよ。

史料の記述にはウソがいっぱいある。
それは日本書紀もそうだし公文書だってそうだ。

複数の史料や考古資料から、記述を検証し、ウソをそぎ落とし
もっとも「確からしい」ものを見つけるのが史学なのだよ。

オマエさんが自分にとって都合のいい記述を盲目的に事実だと考えるから
こういうチグハグな齟齬が発生するわけだ。

321 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:01:21 ID:IJayHp8Q
>>319
>>312を読んだか、見るだけでは駄目だ。
理解できるまで読み直せ。

322 :在日光:04/10/16 11:02:27 ID:J4nrCMI0
>>320
じゃあ韓国マスコミの書いた、金剛組について
この百済人が立てたという事は書いていながら
建立当時の資料がなくて認められていないとも
書いている、あいかわらずの韓国と言いたいのか?

323 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:02:29 ID:UpLveJPC
>>316
四天王寺発願(設計原案発案・模索段階)が崇峻元年(587年)。
四天王寺完成・建造が推古元年(593年)。つまり発願から約6年を要しています。
着工〜完成に要する期間は即答出来ませんが、大体は設計発案に数年、着工・完成まで更に
数年要するものと思われます。ちょっと詳しく調べてみますね。

324 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:04:49 ID:429NITiA
>>322

そうだよ。

別に権威主義になるわけじゃないが、
史学家が検証し「うん、この記述は本当らしいね」となった時はじめて歴史として認識されるんだよ。

洋の東西を問わず「歴史書」の記述はウソばっかりなんだから。

325 :在日光:04/10/16 11:04:57 ID:J4nrCMI0
この金剛組は一族じゃないか?
家計図もあるので、だからこのような事が分かるのでは?

326 :在日光:04/10/16 11:06:18 ID:J4nrCMI0
>>324
しかし金剛組はおいておいても、百済から技術者を招いていると
日本書紀に書かれているのはどう解釈するんだ?

327 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:08:54 ID:429NITiA
>>326

まだ手元に書紀原本のその部分が無いので、それはペンディングとしていただこう。

大事なのはまず疑う事だ。疑って様々な基礎文献にあたり、
信頼できるペーパーを見つけ出し、それではじめて「確からしい」という結論に至るべきなんだよ。

328 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/16 11:08:56 ID:av5KWzsc
>>325
ほんとに馬鹿だなお前は。
家系図なんか都合のいいように捏造して無いと、誰が照明するのだ?
まあ、韓国見たく、みんな先祖は貴族でしたと、インチキの族譜持ってる連中には理解できないかもしれないが。


329 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:09:43 ID:2ZrQyrca
相変わらず何一つ理解できないというか、しようという努力さえしてないな。

330 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:11:07 ID:429NITiA
いいかね?

韓国人の歴史認識にもっとも欠けている部分はこれなんだ。

日本だって戦前は史料の都合のいい部分を妄信して、
皇国史観なんてものをデッチあげたろう?

もう21世紀なんだから実証史学に目覚めてくれや・・・

331 :在日光:04/10/16 11:11:09 ID:J4nrCMI0
おまえらは日本書紀にもウソがあるので、それらを検証して
削ぎ落としてと言うが、じゃあ日本書紀でさえ信用できない
という事じゃないか。
百済が朝貢していたという事に関して、日本が中国の史書を
映した可能性もある。



332 :在日光:04/10/16 11:11:55 ID:J4nrCMI0
>>330
じゃあおまえらは韓国の民族主義的概念を馬鹿にしているが
日本も変わらないという事なんだな?

333 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:13:06 ID:2ZrQyrca
>>331
貴様の妄想を「可能性」という言葉に勝手に置き換えないように

334 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:14:09 ID:UpLveJPC
>>329
推測に対して誰かに資料を提示して貰い裏付けが行われる場なのではなく、推測に基づいて資料を
調査・その結果を提示して是非を問う場だということを理解してないのでしょうね。

335 :在日光:04/10/16 11:14:33 ID:J4nrCMI0
>>333
いいや、だから日本書紀もウソが多いと認めているじゃないか。
それなら信用できる史書ではないという事だろ。
単に載っているだけでは駄目だという事じゃないのか?


336 :316:04/10/16 11:14:39 ID:o8tw4GM0
>>323

同じ人物が中心になって建立に携わるとして、
「新技術の導入が可能なほどの間隔(四天王寺完成〜法隆寺着工)なのだろうか」
と疑問に思って質問させてもらいました。

即レスありがとうございましたm(_ _)m

337 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:14:41 ID:429NITiA
>>331
> おまえらは日本書紀にもウソがあるので、それらを検証して
> 削ぎ落としてと言うが、じゃあ日本書紀でさえ信用できない
> という事じゃないか。

当たり前じゃんw

まさかヤマタノオロチやら、イザナギ・イザナミやら神武天皇の記述が
信用に足りるとでも思ってるのかね。

それは韓国で言えば、檀君が熊とサカって朝鮮人が生まれましたってのが
信用に足りるのか?って事や、

キリスト教徒でいえばノアの洪水やソドムとゴモラの記述が信用できるのかって事や、

ギリシャで言えばホメロスの記述がトロイ戦争の事実を伝えてるのか?って事と同じだがな。

338 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:15:38 ID:0kVblvLW
>>326
だからその技術者とやらが持ってたのは中国式のものだったということだろ。
それで終わり。
日本が求めたのは仏教であり、百済仏教(あればの話だがな)ではなかった。
百済は仏教に関しては当時日本より進んでたかもしれないが、日本の周囲を見渡せば唯一でもなければ特別でもない存在。
そういうこと。

339 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/16 11:16:08 ID:av5KWzsc
>>332
ああ、今の韓国の歴史観は100年前の日本と変わらないよ。

340 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:16:11 ID:429NITiA
>>335
> 単に載っているだけでは駄目だという事じゃないのか?

そうだよ。

そして現在の日本の古代史は、ウソをそぎ落とし検証しつづけた結果
ああいうものになっている。

それすらも「もっとも確からしい」って事にすぎない。

歴史ってのはね、そういうものなの。

341 :在日光:04/10/16 11:16:47 ID:J4nrCMI0
>>337
いや、今までおまえらは神話は信用できないと日本書紀にも
書かれているので、だから日本書紀は信用できると
言っていた。
しかし神話以外にも、日本書紀にウソが多いという事は
載っているから信用できるわけではないという事だ。
よって百済が倭に朝貢していたという事を
物的に証明しない限り、事実だとはいえない。

342 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:17:04 ID:1cgtq9wo
>>331
> おまえらは日本書紀にもウソがあるので、それらを検証して
> 削ぎ落としてと言うが、じゃあ日本書紀でさえ信用できない
> という事じゃないか。

日本書紀にしても、検証せずに鵜呑みにしないだけなんだが。

343 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:17:19 ID:429NITiA
>>339

そうなんだよなあ・・・100年は遅れてるんだよなあ、韓国人の史観て・・・

それが様々なトラブルの元になってるってわけよ。

344 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:18:51 ID:6oZ83Zsc
>>341
はい。今話題の百済が日本に朝貢していたという事項は、三国史記にも三国志にも
それを裏付ける記述がありますね。

345 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:19:58 ID:/dur53/L
ごめん。三国志じゃなくて好太王碑文だった

346 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:20:03 ID:429NITiA
>>344

史料のクロス・プルーブメントですなw


347 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/16 11:20:09 ID:av5KWzsc
>物的に証明しない限り、事実だとはいえない。
>>341
じゃあ、お前はもう書き込むなw

348 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:22:59 ID:1cgtq9wo
>>341
傍証があるからね。
百済の王位継承者は日本に住んでいたりしたが、逆はない。
なんで王位継承者が日本にいるんだ?

まあ韓国人は「日本が百済の属国で王子は総督だった」なんて斜め上の反論を
するだろうけど、属国に援軍を要請して断られる宗主国はいないだろ。

349 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:23:30 ID:UpLveJPC
>>341
日本の史書・歴史資料に記載された記述が、他国の史書・歴史資料にも記載されていれば「事実」と
認定される。お前さんが何を言おうとも、何を妄想しようとも「歴史事実」として扱われる。

それ以前に、同じ内容の記述が残されている以上、物的証明が為されているわけで。

350 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:24:08 ID:429NITiA
実際問題として100%の歴史的事実の証明なんて無理なんだよ。

我々にできるのは100%に近づく事だけなの。

80%正しそう・・・90%正しそう・・・という記述を歴史として認識し、

その可能性が低ければ「そう言われる」と認識し、

もっと低けりゃウソかもしれない、と判断する。


残念ながら現時点での金剛組の記述は他に信頼できる史料が提示されない限り
歴史としては認識できないね。

アンタがどこかから別の史料探してくれば再考に値すると思うけど。

351 :在日光:04/10/16 11:27:50 ID:J4nrCMI0
>>343
おまえらは韓国人の利己性を奇妙なもので
いつの時代にできたものなのか、などと言っていた。
しかしどこの国の民族にもあるような
おかしい部分じゃないという事じゃないか。
ウソをつく事にしても、それはおまえらも同じだったわけだ。
>>344
証拠にならない。三国史記も日本書紀を映した可能性があり
日本書紀も三国志を写した可能性がある。


352 :在日光:04/10/16 11:30:29 ID:J4nrCMI0
>>349
それはダブルスタンダードだ。
おまえらは日本書紀でさえ信用できないといった。
ウソがある事は証明されている。
それなら他の資料も同じ理屈でいえる。
そして他の資料と同じだから、信用できるなんてのはおかしい。

353 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:30:29 ID:429NITiA
>>351
> >>343
> おまえらは韓国人の利己性を奇妙なもので
> いつの時代にできたものなのか、などと言っていた。
> しかしどこの国の民族にもあるような
> おかしい部分じゃないという事じゃないか。

そうだよ、どの時代、どの民族にもある。

しかし近代以降、「実証史学」に目覚めた人間にとっては
ちゃんちゃらおかしくてオナラがプゥなんだよw


ま、ひとつ擁護しておくと、これ韓国人だけじゃありません。
キリスト教原理主義者やイスラム原理主義者も同じです。

354 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:31:25 ID:429NITiA
>>352
> それはダブルスタンダードだ。

違うんだなあ・・・>>350を100回音読して考えてねw

355 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:31:29 ID:quRjhOeT
>>351
> >>344
> 証拠にならない。三国史記も日本書紀を映した可能性があり
> 日本書紀も三国志を写した可能性がある。

ちなみにそれぞれの編者と著者を調べてきな。
日本書紀→
三国史記→
三国志→

話はそれからだ。

356 :在日光:04/10/16 11:31:33 ID:J4nrCMI0
>>353
おまえらは自分達は自慢しない民族だ、自画自賛しないとか
言っいて、いかに韓国がおかしいかを主張していた。
しかし変化したのは戦後じゃないかよ。

357 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:31:46 ID:1cgtq9wo
>>351
> 証拠にならない。三国史記も日本書紀を映した可能性があり
> 日本書紀も三国志を写した可能性がある。

日本書紀も広開土王碑文から引用したのかな?
そうなると広開土王碑文はどこから引用したのだろう?

358 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:31:47 ID:UpLveJPC
思考能力以上の事態に直面し、火病が発生した模様です。
>>19の合意事由3及び4に抵触したと見なされ、以降は>>21の制裁措置が許可されます。

359 :在日光:04/10/16 11:32:12 ID:J4nrCMI0
>>355
時代は分かる。三国志→日本書紀→三国史記

360 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:32:46 ID:W5Xnjfds
>>351
> >>343
> おまえらは韓国人の利己性を奇妙なもので
> いつの時代にできたものなのか、などと言っていた。
> しかしどこの国の民族にもあるような
> おかしい部分じゃないという事じゃないか。
> ウソをつく事にしても、それはおまえらも同じだったわけだ。

いや、次の点でとてつもなく奇妙だよ。
・歴史と神話・説話の区別が付いてない。あるいは利己的な目的のため故意につけない。
・史料にないことを捏造する。
・近代になっても同じことをしている。

361 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:33:22 ID:429NITiA
>>356
> しかし変化したのは戦後じゃないかよ。

そうだよ。史学家はともかく為政者や民衆が変化したのは戦後だ。

いまだに変化してない韓国の民草も、はやく変化してくだちいねw


362 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:34:20 ID:1cgtq9wo
>>352
どの史書にも嘘や誤りはある。
ただ、無関係に成立したと思われる史書や、違う立場で書かれた史書に
共通して記載されていれば確度が高いとみなされるわけだ。

363 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:35:07 ID:quRjhOeT
>>359
三国志に百済が日本に朝貢したという記述があって、中国が何か得するのかね?

364 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:35:37 ID:UpLveJPC
とりあえず資料も提示せずに「こうなんだ!」と喚いていても無駄だということくらい気が付け。

365 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:35:48 ID:1cgtq9wo
>>363
三国志じゃなくて広開土王碑。

366 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:37:36 ID:2ZrQyrca
>>364
無理だね。朝鮮人の間ではそれで通用するようだから。

367 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:38:37 ID:UpLveJPC
>>366
実際、韓国では証言が証拠として通用するため、平然と偽証が横行している国ですものね…。

368 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:39:06 ID:W5Xnjfds
歴史書は嘘かもしれない。故意でなくても後世の写し間違いや乱丁があるかも知れない。
これを疑うのはまず基本。これは良いかな?

次に、日本・中国・朝鮮の史料が「同じ嘘を書く」可能性はあるかを考えるんだ。
例えば「百済は日本に朝貢していた」という嘘を書いて得をするのは日本だけだよね?
(中国にとっては自国以外に朝貢を受ける国があるのは不愉快だし、朝鮮にとってはもちろん屈辱だ)

だから、日本・中国・朝鮮の歴史書にすべて朝貢したと書いてあるなら、それは事実の可能性が高い。
仮に君の言うとおり三国史記が日本書紀の丸写しをしていたといたら、その丸写しは賞賛に値する行為だな。
自国に都合の悪いことでも、基本資料を忠実に記録したんだから。

369 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:39:13 ID:quRjhOeT
>>365
新しいものをだすと誤解したり曲解して飛びつく恐れがあるから
発言の中から矛盾をつついたほうがいいかと。
どうせ、歴史の話がしたいわけじゃないんだろうし・・・

370 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:41:05 ID:1cgtq9wo
>>369
逆に、三国志に記述がないと反論される恐れがあり。

371 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:43:16 ID:quRjhOeT
>>370
あなたが書かなければその恐れはゼロだったね。
なんせ読んでないんだからw

372 :在日光:04/10/16 11:45:01 ID:J4nrCMI0
>>361
おまえらも他国の歴史を馬鹿にして、自分達が上だという風習は今でも
残っているじゃないか。頑固親父だよ。
寿司屋や大将ともてはやされる瞬間湯沸器型の人間は
大勢いるぞ。
>>362
そういう理屈なら、百済人が仏教に関しては伝えたのだから
それは大工道具一式も、建築技術も届けたんだろうと
いう見方と同じだろ?


373 :在日光:04/10/16 11:45:22 ID:J4nrCMI0
>>363
百済がむかついていたからだ。

374 :在日光:04/10/16 11:46:57 ID:J4nrCMI0
>>368
日本が中国に対して百済の支配権を望んでいた。
それを当初は認めなかった中国が、認めるようになって
朝貢したと書いた。

375 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:49:33 ID:Dv4CcFdg
>>373>>374

史料はオマエの妄想小説じゃないんだぞ。

376 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:49:44 ID:W5Xnjfds
>>372

> >>362
> そういう理屈なら、百済人が仏教に関しては伝えたのだから
> それは大工道具一式も、建築技術も届けたんだろうと
> いう見方と同じだろ?

やっと話が元に戻ったな。しかし、その見方は物的証拠と矛盾するんだ。
四天王寺と同じ様式の寺は百済に存在しない(少なくとも知られていない)
設計に使われている度量衡が百済のものと異なる。つまり設計者は百済人
では無い可能性が高いんだ。我々が金剛組の主張を疑う理由の一つがここにある。


377 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/16 11:50:16 ID:av5KWzsc
>>372
なんかもう意味不明なんだがw
しいて言うなら、韓国の歴史も間抜けの歴史なのは間違いないが、
それよりも、お前の頭の程度のほうが馬鹿。


378 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:53:09 ID:1cgtq9wo
>>374
なんで中国は認めるようになったんだ?

379 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:56:23 ID:IJayHp8Q
>>在日光
もう哀れでしかないよ、お前の読解力は。
もう結構だよ、お前の妄想力は。


380 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:57:34 ID:UpLveJPC
ここで行われている議論は正にこの状態。

ttp://mirror.jijisama.org/rekisi1.htm#kodai
韓国は古代に文化を日本に教えたと優越意識を持っているが、韓国側に資料はなく日本書紀などの
記述を根拠としている。しかし古代に日本が朝鮮半島の任那を支配していたと日本書紀などの記述を
根拠として主張すると、そんなことは有り得ないと日本側の資料を真っ向から否定する。

381 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:57:36 ID:W5Xnjfds
>>378
実際に支配していたから、というのが最も単純かつ矛盾の少ない解釈でしょうね。

382 :マンセー名無しさん:04/10/16 11:58:13 ID:2ZrQyrca
バカは不治の病だから、誰にもどうしようもない。

383 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:19:56 ID:l5bn6D2B
え〜〜とですな・・・

キリスト教原理主義者という方たちがいます、
彼らは「Creationism」という史観を信じていましてね、
聖書の記述は一字一句歴史的事実であると信じている。

つまり、この宇宙は4000年前にエホバの神様が7日間で作ったと、
こう、ホンキの本気で信じているw

彼らはほんのちょっとでも自分たちの主張に都合がいい記述をみつけると
疑いもせず検証もせず「ホラ見ろ!!やっぱりバイブルは正しかったんだ!!」
と、大騒ぎする。

バカですね?我々の眼から見たらバカ丸出しです。

韓国人もこれを以って他山の石としてくださいねw
ほんのちょっとでも自分たちに都合がいい記述をみつけるや
疑いもせず検証もせず「やったー!!ホラ見ろ!これが歴史的真実ニダー!<`∀´*>」
と、メディアも民草も大喜びするからバカにされ笑われるんですよw

384 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:24:41 ID:W5Xnjfds
>>383
この類似を持って「キリスト教の起源は韓国ニダ〜!!!<`∀´*>」と喜び叫ぶ図が…orz

385 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:25:47 ID:kOdLnrAL
ここのサイトが面白い。読解中ニダ。
─日本仏教の伝来及び初期発展
http://itmuseum.hyogo-iic.ne.jp/2002/jyusyou/sakuhin/s_homepage/theronnbunn.htm

386 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:28:06 ID:JRF/sVEv
在日光が百済人が、四天王寺を作ったと言いだしたのが、
前スレのこの発言。

108 名前:在日光 投稿日:04/10/13 14:48:47 0TNQ6hhs
>>105
なるほど。じゃあ進むが、こんなのを見つけた。
これについて説明してくれ。
【噴水台】長寿企業
http://japanese.joins.com/html/2003/1009/20031009210156100.html

三日たってもあまり変化してないね。



387 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:33:45 ID:W5Xnjfds
若干ずれますが、在日光氏が日本に教えたと主張している百済の仏教ってどんな物だったんでしょうね。
後の鑑真和上の苦難その他正当な仏教哲学を得るために払った努力や、現代韓国の儒教、キリスト教事情
なんかを考え合わせると、ちょっと背筋が寒くなってくるんですが(^^;

388 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:34:28 ID:kOdLnrAL
厩戸皇子と仏教
http://www2.loops.jp/~asukaclub/hmemo/hmemo018.html
厩戸皇子に大きな影響を与えた人物として恵慈法師(ヘジャボブサ)があげられます。
かれは高句麗の僧ですが日本書紀の厩戸皇子の死の場面では
厩戸皇子の死ぬ日を予言し見事的中させています。
そして、上の宮の太子(厩戸皇子)だけが聖人だったわけではない。
恵慈法師もまた聖人だったと記されています。
この恵慈法師という方は高句麗の僧と前に紹介しましが、
厩戸皇子が最初に学んだのは蘇我氏の推奨する百済仏教だったと思います。
しかし高句麗から来た恵慈法師は当然、高句麗仏教を教えたはずです。

日本仏教の形成。
http://japanese.joins.com/transboard/jp_bbs/content.html?tname=history&num=2876&page=1&startpage=1&oDest=num&sc=desc
日:Browney
日本の仏教が朝鮮半島を経由して渡り。七世紀あたりまで影響が色濃くあったのは事実だが、
それ以降はむしろ中国の影響が強いが?何より。日本の仏教は十四世紀あたりに独自の発展を遂げた。
その時代は朝鮮との文化的な交流は乏しかったと記憶してる
日:zipo
先にも述べたように、8世紀以降の日本仏教の三本柱は「天台」「密教」「禅」。全て中国直輸入です。
「浄土信仰→浄土教」は日本独自ですが。それ以前は百濟>中国>高句麗=新羅でいいと思います。

389 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:38:13 ID:W5Xnjfds
と言うことは、百済から来た仏法は実在したとしても早い段階で放棄された可能性もありますね。

390 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:38:30 ID:l5bn6D2B
>>385

面白い!!

豪族対立の要因として各豪族間の氏神信仰があって、
より普遍的な仏教導入によって、その対立を緩和しようとした・・・って説は実に興味深いなあ。

明治維新期の、各藩対立を天皇制や皇国史観っていう包括的なもんで押さえ込もうとしたのと
同じ感覚だな・・・

391 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:42:55 ID:1cgtq9wo
>>387氏が良いこと言った!

日本に初めて戒律をもたらしたのは鑑真なんですよね。
それまでの「仏教」は、戒律のない「仏教みたいなもの」だった。

もっとも、その後の日本の「仏教」は戒律を撤廃したりする宗派が出てきますが(w


392 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:44:50 ID:kOdLnrAL
塔の様式変化

塔の字を見ると,旁の「合」は,舎利を収める「盒」を表し,
これを「土」に埋めたという意味で,塔は元々土で固めたものであったが,
中国に入って楼閣建築を模した木造となった.

それが西晋時代に煉瓦造り(セン塔)が出てくる.
木造の耐久性の欠点を補うものとして発達し,中国に残る古塔の殆どがセン塔である.
木造は山西省応県にある900年前の木造塔が唯一といわれる.
それが朝鮮にはいると現存するものの多くは石塔となる.

木造が我が国になぜ多いのか.
伝わってきた木造も順次形を変えて,構造を変えて我が国独自の塔構造を作り上げてきた.
その変化の元にあるのは,塔の目的から構造としての経年変化・強度に注目点が移ったことではないか.
兵庫県には江戸以前の三重塔が五つあるが,
平成7年の阪神・淡路大震災でもなんら損傷を受けなかった.
かように木造の多重塔が高い耐震性を持つのは,我が国の地理的特徴がそうさせたともいえる.


393 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:53:36 ID:W5Xnjfds
>>391
お褒めにあずかり恐悦至極に存じます。

>>392
煉瓦造りは火災や風水害には強いけど地震に弱いですからねぇ。煉瓦製造のコストなんかも考えると
古代日本では技術が伝わっていても流行らなかったかも。
(近代の話ですが、多分日本で一番有名な煉瓦建造物である東京駅を作る時は、強度を確保するために
あの煉瓦全数検査して、合格したもののみ使用したそうですし)

そうなると、百済に高度の木造建築技術があったかというのも課題になりますかね。

394 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:53:51 ID:kOdLnrAL
>>387
推測だけど「五経博士」(儒者)と合体したカルトだったんだろう、百済仏教って。
>>390
物部旧体制と蘇我維新軍?の対立と、高句麗・百済仏教・八百万の神の混迷に、関係がありそうニダ。



395 :マンセー名無しさん:04/10/16 12:58:24 ID:1cgtq9wo
>>394
> 推測だけど「五経博士」(儒者)と合体したカルトだったんだろう、百済仏教って。

その可能性はかなり高いと思われ。
なんせ江戸時代まで日本の儒学を担っていたのは仏僧だったのですから。

396 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:05:18 ID:kOdLnrAL
【仏塔の変遷】                      支石墓・横穴墓の石工技術
                          陶工技術        ↓
                            ↓           ↓
土・日干しレンガ(西方系)→木造(中国)→煉瓦造り(西晋)→石造(朝鮮)
                        ↓
         神社建築の大工技術→木造(大和)

397 :在日光:04/10/16 13:07:58 ID:4QAxnR//
>>376
度量衡とは何だ?それにそれが百済に存在しないというのは
いったいどういう事なんだよ?

398 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:08:51 ID:W5Xnjfds
下手するとこんなパターンかも。

偉い人「その方らが百済より使わされた工人か。遠路大儀であった」
工人 「ウリナラの先進技術を教えてやるニダ。感謝汁」
偉い人「……。まずは寺の造営をお願いしたい。場所はここ。規模はこのくらいで」
工人 「たやすい事ニダ。で、石切場は何処ニカ?」
偉い人「おう、百済では土台だけでなく建物全部を石で作られるか。ではこの辺の石でいかがかな?」

数ヶ月後
工人 「じ、地面が揺れてるニダ。この世の終わりニダァァァァ!!」
偉い人「工人殿。いかがなされた?この程度の地震、年に一度や二度…」
工人 「地震? 百済にはそんなものないニダ!」
偉い人「えっ?」
ドンガラガッシャン!!!
工人 「アイゴー! せっかく積んだ石が崩壊してしまったニダ!」
偉い人「こんな地震で倒れるようでは使い物になりませんなぁ…」
工人 「ウリナラの建築技術は絶対ニダ。いきなり地面が揺れるとは蛮地は度し難いニダ。謝罪汁! 賠償汁!!」
偉い人「ダメだ、こりゃ…おい、近在の大工と僧侶に招集をかけろ。仏法の理にかない、日本の地にあった寺院建築を
    自主開発するぞ」

そしてプロジェクトXが始まる…

399 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:09:29 ID:Dv4CcFdg
>>397
度量衡とは単位の事だと習っただろうが。
メートル法や尺貫法やヤードポンド法などだ。

400 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:09:38 ID:W5Xnjfds
>>397
度量衡については既に説明済みなので、過去ログを参照されたし。

401 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:10:52 ID:kOdLnrAL
>>398
禿ワロタ!


402 :在日光:04/10/16 13:13:57 ID:4QAxnR//
>>399
尺なんだろ?尺は違って当然だといっていただろ。
高句麗と酷似しているが、尺の違いは何の意味もないと。
百済人が日本に来て尺は適当に計算して、立てただけだろ。


403 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:15:40 ID:2ZrQyrca
>>402
> 百済人が日本に来て尺は適当に計算して、立てただけだろ。

さすが、自壊する建築物作らせたら世界一のミンジョクの言うことは違いますな

404 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:16:04 ID:W5Xnjfds
>>402
過去ログを良く読んでくれ。当然と言ったのは国によって尺が違うことだ。
百済と高句麗で一尺の長さが違うのは当然だ。しかし、百済人の職人が
高句麗の尺で設計するのは当然ではない。かなり奇妙なことだ。

405 :在日光:04/10/16 13:18:03 ID:4QAxnR//
>>404
高句麗の尺じゃないぞ。高句麗と似ている尺だ。
日本の土地柄などを計算した場合、百済の意向ではなく
地主の意向だろう。
それで尺を決めただけで、それが高句麗と似ていたというだけだろ。


406 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:23:46 ID:W5Xnjfds
>>405
尺の意味を誤解しているのかな?

現代日本ではメートル法で設計するよね?施主がアメリカ人でも
ヤード法で設計することはない。それと同じ事だ。

メートル法の国から来た職人が、何故か自国とも施主の国とも関係ない
ヤード法で設計していたら変だと思うのがふつうだよね?

この場合、百済がメートル法、高句麗がヤード法に相当すると
考えてくれ。

407 :在日光:04/10/16 13:26:31 ID:4QAxnR//
>>406
それはおかしい。尺を測る道具が共通していただけだと
そこで何メートルとか単に決めただけだともいえるじゃないか。
それとも、細かく違うというのか?

408 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:29:09 ID:UpLveJPC
>>在日光
私が昨日、尺(単位)に関しては四度ほど説明した筈だ。
そしてお前はそれを「理解した」と断言した。よって以降は再び説明を繰り返す必要は無い。

409 :在日光:04/10/16 13:32:16 ID:4QAxnR//
>>408
だから単に地主の意向が繁栄されれば、家の尺が違って当然だ。
しかしメートル法とかヤード法とか言っている。
なぜ違う法だと言えるんだ?
同じ法でも、地主の意向で幅を決めれば、同じ法でも
尺が違うと言えるだろ。

410 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:33:15 ID:UpLveJPC
それにしても…、寝て起きたら記憶がリセットされる脳の構造ってどうなってるんだ。
MS-DOSみたいなOSでも積んでるのか?

411 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:34:15 ID:6df0z6GK
機能性文盲なんだよ orz

で、マジにやってるの?

412 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:34:45 ID:yKjkdyhe
>>410
午前0時を基点に、一日の成果をリセットする機能がついてるんですよ

413 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:36:09 ID:UpLveJPC
>>409
お前の国にはメートル法すら存在しないのか…?(どうやって建物を建造してるんだ)

>>411-412
OSがMS-DOS級でウィルス積んでるプログラムを走らせてるわけですか。…救いようがないですね。

414 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:36:25 ID:kOdLnrAL
『隋書』東夷傳
大業三年(607)、其王多利思北孤遣使朝貢。
使者曰:「聞海西菩薩天子重興佛法、故遣朝拜。兼沙門數十人來學佛法。」
其國書曰「日出處天子致書日没處天子無恙」云云。
帝覧之不悦、謂鴻臚卿曰:「蠻夷書有無禮者、勿復以聞。」


415 :在日光:04/10/16 13:37:00 ID:4QAxnR//
例えば5センチを一つと数えてその一つ一つの尺が違う。
また尺は一定に保たれているなら、違う法をとったと言えるだろう。
しかしこの尺は家の全体の長さを調べたものだろ?

416 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:38:09 ID:W5Xnjfds
>>407
どう説明したらいいのかなぁ。

高麗尺の一尺は36センチ、当時の日本の一尺は29.6センチだ。

だから記録で「長さ10尺」となっている部分を実測して3.6メートル前後なら
高麗尺で設計されている事になる。こういう測定を繰り返して、設計に使われている
一尺の長さを調査した結果、高句麗の度量衡で設計されていると考えられているわけ。



417 :在日光:04/10/16 13:39:11 ID:4QAxnR//
>>413
メートル法だろうと、それじゃないだろうと
最終的な家の長さを比べたんだろ?

418 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:40:06 ID:6df0z6GK
なんか、数字と単位って物を全く理解していない模様。

419 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:42:16 ID:2ZrQyrca
>>418
それはこいつに限らず、朝鮮人の特性です。

420 :在日光:04/10/16 13:44:10 ID:4QAxnR//
>>416
なるほど。つまり道具なのか、法なのかが日本の道具とは違うというんだな?
で、どこか他の国から来ている道具で、高句麗跡を調べると
尺が酷似していたので、この道具じゃないかという事なんだな?

421 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:45:37 ID:W5Xnjfds
>>420
おおむねそれで結構。百済の職人が日本で設計したなら
高麗尺を用いているのが不自然であるということは理解してもらえたかな?

422 :haro ◆vTl9Nj0EFs :04/10/16 13:45:41 ID:6+pKncXt
このバカ、まだ生きてたんだ。
いい加減入院して、一生出てくんなよ。

423 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:46:47 ID:UpLveJPC
>>420
何だか馬鹿らしくなってきたが…。
尺(単位)と道具はまるで全然違う概念だ。
本気で言ってるとしたらお前さん、幼稚園児と比較されても負ける(劣る)ぞ?

>>421
今度は道具=尺(単位)だと勘違いするから安易に肯定しないようにして下さいな。

424 :在日光:04/10/16 13:50:30 ID:4QAxnR//
>>421
ただしだ。その高句麗の寺が計何尺で、日本の計何尺と違っていたら
同じ道具でも、酷似した尺になる可能性もあるのでは?

425 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:50:51 ID:W5Xnjfds
>>423
むう、そこまで問題にするのですか(^^;

では整理しましょう。
東洋における代表的な長さの単位は、「尺」と言いますが、1尺の長さは国や時代によって変化します。

今回問題になっている高句麗の1尺(高麗尺と呼ばれます)はおよそ36センチです。従って
長さ10尺と記録に残っている部分を測定して、3.6メートルなら設計者が使っている
単位は「1尺=36センチ」の高麗尺であろうと推定されるのです。

426 :在日光:04/10/16 13:50:54 ID:4QAxnR//
>>423
尺とは考え方なのか?

427 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:51:45 ID:Dv4CcFdg
>>426
単位だ

428 :在日光:04/10/16 13:53:24 ID:4QAxnR//
>>425
じゃあ百済も高麗尺を使用していた可能性が高いな。
国によって違うと言おうとも、日本が高句麗尺だとして酷似していて
高句麗尺だろうなという見解なら、百済も同様に高句麗尺だったんだろうなと成り立つ。

429 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:54:18 ID:kOdLnrAL
四天王寺を例えるなら。。。

嫌われ者のマキコ大臣が、別荘用のログハウスをゼネコンに発注した。
場所は応援演説に行った大阪のミナミがいいという。
そのマキコ大臣は変わり者で、韓国の大工がいいと言った。
ゼネコンは韓国の大工を雇ってるコンゴー組に下請けに出した。
その韓国の大工は、ログハウスの本場カナダから図面を取り寄せ
「インチ法」でログハウスを立てた。
・・・数十年後、マキコ大臣は自伝を出版する。
その中に「ミナミのログハウスを韓国人が立てた」と書かれていた。
・・・数世紀後、「ログハウスの様式は韓国人が日本に持ち込んだ」と
学会の定説となった。

430 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:54:28 ID:Dv4CcFdg
>>428
過去レス読み直せ。
その辺は否定されただろうが。

431 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:55:45 ID:Dv4CcFdg
>>429
その例えは、誤解する可能性大ですよ。

432 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:55:49 ID:W5Xnjfds
>>428
百済の遺跡は高麗尺で設計されていない。従って百済で高麗尺を
使用していた可能性は否定されている。

433 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:55:57 ID:UpLveJPC
>>425
コイツは「尺=道具」だと勘違いしてるんですよ。つまり、「尺とは尺というものを測る道具なのだ」と
勘違いしているわけです。(メジャーで測ろうが定規で測ろうが「尺」ということを理解していません)

>>428
成り立たない。何度説明したら分かるんだ?
昨日習ったことを再勉強してから出直して来い。

434 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:56:38 ID:2ZrQyrca
>>429
香具師は例え話を理解できません。
理解できないのは、例え話だけじゃないんだけどさ。

435 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:58:23 ID:Dv4CcFdg
>>434
ですな。
韓国人が日本で日本の材料で日本風スープでラーメンを作ったら、
韓国風日本ラーメンと強弁する香具師ですからねぇw

436 :在日光:04/10/16 13:59:04 ID:4QAxnR//
何だそりゃ!それはまさしく日本独自のアイデアが百済以下という
事の証明だ!
少なくとも、決定的な証拠の一つになる。
尺すら独自性にかけていたと。
という事は、やはり例の屋根の違いも、幻の百済の傑作だ!

437 :マンセー名無しさん:04/10/16 13:59:36 ID:UpLveJPC
やれやれ…、長考した挙句に昨日の昼間くらいまで丸一日退行するとは…。
さすが韓国。時間のスケールが文字通りに違うらしいです。

438 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:01:26 ID:Dv4CcFdg
>>436
アホ。
幻は幻なんだよ。
幻想は現実か?
幻聴は実際の音か?
幻覚は実在の事象なのか?

オマエは、自ら百済には何も無いことを強弁しているんだぞ。
恥ずかしくないのか?

439 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:02:26 ID:2ZrQyrca
>>436
そう思うんなら、論文にして発表してみたらどうかなw

440 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:02:35 ID:W5Xnjfds
>>436
ええと…尺が違うというのは「四天王寺を設計したのは百済人ではない」という
有力な証拠であることは納得してもらえましたか?
では、設計に参加していない百済人のアイディアがなぜ反映されるのでしょうか?

441 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:03:12 ID:kOdLnrAL
高麗尺=東魏尺 (五胡十六国)

442 :在日光:04/10/16 14:04:02 ID:4QAxnR//
>>438
違う。おまえらは言った。日本書紀に掲載されているものを
簡単に信用はできないという事は、他の史書も信用できないという理屈だ。
しかしさまざまな他国の史書にも同じ事が書かれているなら
信用できる事になっている。
そう言う理屈なら、尺すら独自性がない日本が、はたして屋根が
日本の技術だと言えるか?
むしろ、尺も違う百済にこそ、その独自性の屋根と言うべきだろ。


443 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:04:17 ID:UpLveJPC
>>436
設計に参加せずに百済人がアイデアを反映することは不可能。妄想も大概にしろ。

444 :在日光:04/10/16 14:06:02 ID:4QAxnR//
>>440
百済人ではなく、高句麗人が日本で建築したとでもいうつもりか?
しかし日本書紀には百済人の技術者とかかれているだろ。

445 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:06:09 ID:Dv4CcFdg
>>442
アホ。
屋根は現存しているだろうが。
現存してれば調べられる。
朝鮮半島に7〜8世紀の木造建築が残ってるのか?

446 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:06:12 ID:UpLveJPC
>>442
「高麗尺」という単位が用いられていたのではないか、という「仮定」を事実と捉えるな。
何度説明させるつもりだ。昨日のログを百億回読み返せ、馬鹿者。

447 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:07:33 ID:UpLveJPC
>>444
だ か ら 、 一 切 そ ん な こ と 「 書 か れ て い な い」 っ つ っ て ん だ ろ う が 、ボ ケ ! !

448 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:09:16 ID:W5Xnjfds
>>444
書かれている場所は?何天皇何年の条のことですか?


449 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:09:56 ID:2ZrQyrca
>>444
バカで記憶力も思考力もないくせに、妙な思い込みだけはいつまでも残るんだなw

450 :桃葡萄梨 ◆8FGTmWBuVw :04/10/16 14:10:35 ID:qgq0ZoWp
うわ、朝からまだやってたのか。

451 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:10:59 ID:1cgtq9wo
>>444
日本書紀には「百済から派遣された」と書いてあって、「百済人」とは書かれていなかったはず。

452 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:12:00 ID:1cgtq9wo
>>451
飛鳥寺の話ね。

453 :在日光:04/10/16 14:12:38 ID:4QAxnR//
待てよ、高句麗と百済の渡来者が関係しているんだな。
技術者は書かれている。百済から六人の僧侶や技術者を招いたと。
それに百済人が仏教の指導者になっている事も。
そしてあの尺は仮説じゃなくて、信憑性のある証拠だろ。


454 :桃葡萄梨 ◆8FGTmWBuVw :04/10/16 14:12:42 ID:qgq0ZoWp
「三法の棟梁」が四天王寺の設計に加わったとでも言うのか。
珍説だな。

455 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:13:14 ID:W5Xnjfds
もしかすると気付いていないのかも知れないから、一応注意しよう。
 四天王寺の設計者が百済人であるとするには、尺の他にも大きな
矛盾がある。>>392及び>>396を読め。

百済と日本の建築には決定的な差異がある。この差異故に百済の職人が
四天王寺を設計したとは考えにくい。。

456 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:13:25 ID:IJayHp8Q
お前の頭はどうなっているんだ?
read→memory→deleteが同時進行作業なのか?
少しは記録しておけよ。
思いこみに容量を割くな。


457 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:13:58 ID:Dv4CcFdg
>>453
信憑性のある証拠なら、百済人が百済のやり方で立てたことにはならないぞ。
百済には高句麗尺の遺跡が無いんだから。

458 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:13:58 ID:UpLveJPC
>>450
さすがは狗にも劣る知能の持ち主ですよ。ネタではなく本気なところがアレですが。

>>451
その文節も時期が合わないので無意味なわけでして。それが在日光の手にかかれば、あっという間に
タイムスリップして「ほら、やっぱりな!」と始まり、論破されて延々とループになるわけですね。

459 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:14:56 ID:W5Xnjfds
>>ALL
>>398はあくまでもジョークのつもりで書いたんですが……orz

460 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:16:10 ID:2ZrQyrca
>>458
知能ですらないよ。
虫が光に集まるとかそういうレベル。

461 :在日光:04/10/16 14:16:24 ID:4QAxnR//
待てよ、高句麗と百済の渡来者が関係しているんだな。
技術者は書かれている。百済から六人の僧侶や技術者を招いたと。
それに百済人が仏教の指導者になっている事も。
そしてあの尺は仮説じゃなくて、信憑性のある証拠だろ。




462 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:17:36 ID:aJjzCVdG
1)四天王寺は、
修復の際オリジナルに対して忠実に再現した

なお、現存するものは中国のものに酷似している

2)法隆寺は、
一度完全に焼失し、当時(年代既知)の技術で再建した

現存する物は再建当事の物がそのまま残っており、
日本国内の物にしかない特徴を有している

3)百済の木造建造物は
比較対象になるべきものが現存していない

背景は以上でいいのですか?

463 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:17:55 ID:W5Xnjfds
論旨を整理しよう。こちらの主張はまず

・四天王寺を設計したのは百済人ではない(史料、物的証拠の両方と矛盾するから)

です。在日光氏はこれに同意しますか?

464 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:18:29 ID:Dv4CcFdg
>>461
>そしてあの尺は仮説じゃなくて、信憑性のある証拠だろ。

信憑性がある証拠なら、百済には高句麗尺の遺跡が無いから、百済の作り方だという事は否定されるぞ。

465 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:21:13 ID:UpLveJPC
>>462
概ね、その通りの前提条件ですね。以降はW5Xnjfds氏を窓口としましょうか。

>>463
そのまま続けて下さい。補足等は随時行いますので。

466 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:22:07 ID:Sal7gj6x
>>461
技術者は書かれている。百済から六人の僧侶や技術者を招いたと。
>>414
大業三年(607)・・・・・

たかだか数十年で、百済人の粛清が始まるニダ

467 :在日光:04/10/16 14:22:27 ID:4QAxnR//
ちょっと待てよ。じゃあその当時高句麗と百済は仲がよかったのか?

468 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:24:19 ID:UpLveJPC
>>在日光
まずは>>463に回答しなさい。

469 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:24:44 ID:W5Xnjfds
>>467
複数の議題を並行すると混乱します。まずは>>463に同意するか、同意しないかを回答願います。


470 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:25:17 ID:UpLveJPC
補足・警告。sageなさい。sageない場合はレスしません。

471 :在日光:04/10/16 14:25:24 ID:4QAxnR//
>>468
そういう事になる。つまり百済から渡来していた技術者とは
高句麗人という事になる。
だからその当時の高句麗人と百済人は仲がよかったか?
もしも敵対していたなら、まず百済を経由してくる事は
考えられない。

472 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:27:58 ID:UpLveJPC
・「四天王寺を設計したのは百済人ではない」(史料・物的証拠の両方に矛盾するから)
これを在日光は認可・同意しました。以降、在日光がこれを覆す発言は許されません。

では、続きをどうぞ。

473 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:28:31 ID:W5Xnjfds
>>471
在日光氏は>>463に異議無く同意したものとみなします。

在日光氏の次の主張は
「設計者は高句麗人、百済が何故か高句麗人の技術者を送ったのではないか」
という趣旨と思われます。このため当時の百済と高句麗の関係に関する知識を
求めています。

識者は回答願います

474 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:29:16 ID:quRjhOeT
>>471
> >>468
> そういう事になる。

ここまではよろしい。

>つまり百済から渡来していた技術者とは
> 高句麗人という事になる。

ここはこれからの話題
断定するな。

> だからその当時の高句麗人と百済人は仲がよかったか?
> もしも敵対していたなら、まず百済を経由してくる事は
> 考えられない。

これはまだまだ先。


475 :桃葡萄梨 ◆8FGTmWBuVw :04/10/16 14:29:38 ID:qgq0ZoWp
ハンファイなら誰か1人だけが司会進行した方がいいのでは。

476 :在日光:04/10/16 14:29:54 ID:4QAxnR//
>>473
そう言うことだ。つまり日本書紀に書かれている事にもつじつまを合わせると
百済から来たという高句麗人なのではないかという事だ。
しかし仲がよくないとそれはおかしいという事になる。

477 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:31:30 ID:W5Xnjfds
>>473補足

>在日光氏
貴殿は当時の百済と高句麗の関係について、どう考えていますか?


478 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:32:08 ID:Dv4CcFdg
>>475
ここは議論の場では無く教育の場なので、ハンファイはどうかと思います。

479 :司会者?:04/10/16 14:33:45 ID:W5Xnjfds
>>475
ハンファイではないのですが、たしかに進行は必要そうですね。
では僭越ながら、皆様にお許しいただければ、しばしの間「司会者」を名乗らせていただきます。

480 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:33:49 ID:1cgtq9wo
あくまで可能性の問題だが、仲が悪くても高句麗の非主流派が百済に亡命した可能性もあるわけだし。

481 :桃葡萄梨 ◆8FGTmWBuVw :04/10/16 14:35:42 ID:qgq0ZoWp
>>478
ニダ?
いや、おんなじ様なレスがつくと何かなーと思って。

しかし当時の三韓の外交状況を記した文献が古事記・日本書紀以外に
あるのかどうか、寡聞にして知らん。
よもや半島にあるとは誰も言わないだろうし。

482 :在日光:04/10/16 14:36:15 ID:4QAxnR//
>>477
倭と高句麗が仲が悪かったんじゃないだろうか。
半島の支配権を争っていたというのが日本人の感覚なんだろ?


483 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:37:17 ID:Dv4CcFdg
>>482
百済と高句麗の関係について尋ねられてるんだが。
分らないのか?

484 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:37:33 ID:UpLveJPC
>>479
司会進行役はW5Xnjfds氏にお任せしておりますので。

485 :在日光:04/10/16 14:38:22 ID:4QAxnR//
>>483
百済と高句麗は分からん。
どのようなものだったんだ?

486 :司会者:04/10/16 14:39:16 ID:W5Xnjfds
>在日光氏

日本人の感覚ではなく、貴殿の知る当時の歴史を伺っています。
本来なら半島の歴史に一番詳しいのは、韓国人の貴殿のはずです。

487 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:39:16 ID:EKZ6Mzqr
そもそも本来の議題はなんですか?

488 :司会者:04/10/16 14:40:34 ID:W5Xnjfds
>>487
在日光氏の主張の根本は「日本文化は百済が伝えたものである」であり、
その証拠ととして、四天王寺あるいは法隆寺が百済の技術で建てられたものだと主張しています。

489 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:41:18 ID:UpLveJPC
>>487
それはひとまず脇に置いて下さい。議題ではなく明確な前提条件を整えることが現在の
論題・命題ですので。(そもそも在日光は「何を問うているのか」も分からない状態です)

490 :在日光:04/10/16 14:41:58 ID:4QAxnR//
>>486
それは分からん。日本人の感覚だ。


491 :司会者:04/10/16 14:44:01 ID:W5Xnjfds
>>485
当時の百済と高句麗の関係についてはご存じないのですね?

ではざっと検索しただけですが、議論の叩き台を。
当時の百済と高句麗は友好的とまでは言いませんが、新羅−百済間よりは
マシな関係だったと思われます。百済最後の王は高句麗に亡命してますしね。

ただ、それが高句麗人技師を百済が派遣する根拠にはならないと考えます。
在日光氏は、なぜ百済人技師ではなく、高句麗人を派遣したとお考えですか?

492 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:44:29 ID:UpLveJPC
>>司会者氏
当時の百済と高句麗に関する説明を述べさせて頂いて宜しいでしょうか?

493 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:44:39 ID:Dv4CcFdg
>日本人の感覚だ。
これが何を意図しているのか意味不明。

>>司会者殿
発言する際のルールとかはどの様にいたしますか?

494 :司会者:04/10/16 14:44:49 ID:W5Xnjfds
>>492
お願いします

495 :在日光:04/10/16 14:46:33 ID:4QAxnR//
>>491
例の日本の仏教建築が高句麗尺で、百済の仏教建築は高句麗尺ではない。
しかし日本書紀には、百済から技術者や僧侶を呼び寄せたとあるので
つまりこれは百済から高句麗技術者が来たのではないか?という解釈だ。


496 :司会者:04/10/16 14:46:54 ID:W5Xnjfds
>>493
残念ですが、ルールを決めても在日光氏が遵守する可能性が低いです。
従って、恐縮ですが彼への質問は基本的に私が行い、私が判断できない
ところは皆様に発言をお願いする形でどうでしょう?

497 :司会者:04/10/16 14:49:08 ID:W5Xnjfds
>>495
>在日光氏
貴殿の主張は承りました。この件に関する議論は、>>492氏の背景解説を
待って行います。

498 :桃葡萄梨 ◆8FGTmWBuVw :04/10/16 14:49:18 ID:qgq0ZoWp
漏れの脳内では、

神宮皇后に征伐された三韓(北九州の反朝廷勢力を支援していた?)は、
日本に対して怖れを為していたから日本へ色々と使節を送っていたと思うのだが。
日本の半島への橋頭堡として任那が維持されていたわけだし。

もし好太王の碑の年号をそのまま信ずるとすると、
AD364年?から白村江の戦い(AD663年)まで約300年間は
日本への朝貢国だったんだな。

499 :司会者:04/10/16 14:52:02 ID:W5Xnjfds
>桃葡萄梨氏
恐縮ですが、>>492氏をしばしお待ち下さい

>>492
説明お願いします。


500 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:53:29 ID:UpLveJPC
すみません、お待たせ致しました。では、当時の百済と高句麗の関係を。

本筋は、ほぼ>>491で述べられているものと同様です。
百済と高句麗は西暦369年前後から因習的に争いを重ねていますが、問題の時期には新羅との
争いが激化しております。602年に百済は新羅を滅ぼし、607年に高句麗が百済を破っています。
決して友好的な関係とは言えませんが、当面の敵は新羅に絞っていたと考えるのが妥当です。

また、364年には日本(当時の倭)と接触を図り、366年には同盟関係を築き上げています。
これは当時新興国であった百済が日本を後ろ盾としてバックアップして貰うことを意図している
ものかと考えられます。つまりは高句麗よりは日本の方が関係は良かったということですね。

以上、三国史記と日本書紀の記述にて合致する部分をピックアップしてみました。

501 :司会者:04/10/16 14:55:21 ID:W5Xnjfds
>>500
ありがとうございました。

>在日光氏
>>500の説明に異論はありますか?有る場合は直ちに申し出てください。

502 :マンセー名無しさん:04/10/16 14:57:50 ID:hxFpc16L
>>496
ルールと言うか、司会者さんにはまず
「在日光の問いをちゃんとした日本語にするために、主語・述語や時系列をはっきりさせる」
ことをお願いしたいです。

さらには、「個々が回答することにより、在日光を混乱・誤解・話題そらしをさせない」よう、コントロールできれば良いのですが、
さすがに同時進行はきついと思います。

微妙な問題であれば、こちらのスレ
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi/korea/1029819289/
で事前に回答を相談することも考えて下さい>ALL

503 :司会者:04/10/16 14:58:42 ID:W5Xnjfds
>>500氏の説明には在日光氏も意義なきものと見なします。

>>ALL
さて、在日光氏から「百済から高句麗人技師が来日して設計した」という見解が提示されました。
この見解について皆様のご意見をお願いします。
恐縮ですが、司会不慣れにつき、手短にまとめてくださると助かります。

504 :在日光:04/10/16 14:59:29 ID:4QAxnR//
>>501
それはそうだが、では百済から高句麗人が来たという解釈は
おかしいのか?
しかしそれじゃあ高句麗尺をどう解釈すればいいんだ?

505 :司会者:04/10/16 14:59:50 ID:W5Xnjfds
>>503
×意義 ○異議ですね。ごめんなさい

506 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:00:39 ID:Dv4CcFdg
>>503
条約にもあるように、証拠を提示させるべきかと。
なので、「証拠はあるのか?」の一言で無問題かと思います。

507 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:02:55 ID:Dv4CcFdg
>>503
高句麗尺について>>504にてまた妄言の兆しが見てたので、>>504に一言突っ込んでよろしいでしょうか?

508 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:03:13 ID:eETMCckz
>>506
まさにその通りですね。想像ばかり並べられても検証しようがないし。

509 :司会者:04/10/16 15:04:14 ID:W5Xnjfds
>>507
>>503への回答の一部として扱えるものなら、どうぞご発言下さい。

510 :76:04/10/16 15:07:15 ID:GPR0FDCD
金剛家の伝承では「西暦578年、百済から金剛、早水、永路という3人の建築技術者が渡来した。
金剛は名を重光といい、後に、聖徳太子が勧進し四天王寺を造営。」ということになっているが、
日本書紀にはそのようなことは書かれていない。日本書紀によるとその1年前の
西暦577年(敏達天皇六年十一月)に、百済王が六人の僧侶や技術者を送ってよこしたが
そのうちの一人が「造寺工」。あとの五人はそれぞれ職業がかかれていて関係ない。名前もない。

六人というのは律師・禅師・比丘尼・呪禁師・造仏工・造寺工。律師は戒律に詳しい僧侶(天武朝以後
にできた僧侶の階級をいう「律師」とは別)・禅師は座禅に通達した僧侶・呪禁師は仏法の呪(しゅ。
加持祈祷)のできる僧侶。つまり三人はそれぞれ得意分野をもつ僧侶。比丘尼は尼さん。
だから四人は純然たる宗教関係者であって建築家ではない。残る二人のうち造仏工は仏像製作者
(彫刻や彫塑をする人)。建築関係者は「造寺工」だけ。
この段階で、三人だったとする金剛家の伝承は食い違っている。年代もずれているのは、日本書紀
の記述とちがっているから、あえて1年ずらして別の事件であることを暗示したのかも知れない。

それと日本書紀の推古元年の条には四天王寺建立の記事があるが、金剛重光の話はもちろん
敏達六年の造寺工のことにも一切ふれてない。
むろんその造寺工の名前が金剛重光であった可能性や当人が四天王寺をつくった可能性は
ないとはいえないが、岩波文庫の日本書紀の注釈の説明によると、建築跡からは伽藍配置などが
大陸風の建築(つまり中国様式)だったことがわかっているとの事。
よく考えてみれば、当時としては中国式の寺を建てることのできる技術者だからこそ日本への
贈り物としての意味があるわけで、百済式だの高句麗式だのはぱっちもんだろう。

511 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:07:28 ID:hxFpc16L
>>503
「百済から高句麗人技師が来日して設計した」

何を?とういところをご確認願います。四天王寺?初代法隆寺?現法隆寺?
尺のポイントから、設計者が高句麗の設計法を使用していた可能性が高いことは合意されていると思いますが、
設計者の能性としては
・高句麗人技術者
・高句麗建築を学んだ日本人
・高句麗建築を学んだ百済人
があります。(その他も低いながらあるでしょうが)

それと書紀に記載のある百済からの僧・工人の招来は同一のものを指しているのか?
以上がポイントと思われます。

512 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:10:04 ID:UpLveJPC
見解に対する反証・及び補足を。

578年(敏達6年):日本書紀
百済王が六人の僧侶・技術者を送って遣す。内一人が造寺工。
*金剛家伝承では三人となっているが名前も職業も記されていない
*つまり「造寺工」一人とわざわざ記されている日本書紀の内容とは全く矛盾する

587年(崇峻元年):日本書紀
四天王寺発願(設計発案)
*この時点で既に仏教の雛形は存在していたと考えるのが妥当

595年(推古3年):日本書紀
「百済の僧慧聡が来て、(高麗の帰化僧慧慈とともに)仏教を広めて三宝の棟梁となる」との記述。
*つまり、ここには一切「百済・高句麗の技師が渡来してきた」とは記されていないわけです。

>>510氏の提示された内容とほぼ一致しますね。

513 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:10:49 ID:Dv4CcFdg
>>509
多謝。

>>504
日本は四天王寺建立、百済から僧侶を呼ぶ前から高句麗とも交流を行なっている。
高句麗尺が百済から仏教と同時に伝わったと考えるより、仏教以前に高句麗尺が伝わっている可能性もある。
実際、四天王寺は百済から僧侶が来る以前に「完成」しており、建設が始まったのは、百済から僧侶が来るよりも5年以上は前と考えられる。
何故なら、法隆寺の再建の際には、工事期間が10年近くの年月が掛かっており、
それよりも100年以上昔に作られた四天王寺の工事が、1年やそこらで出来るはずが無い。

つまりは、日本書紀の僧侶の渡来と四天王寺の建設開始時期は、
誤差の範囲では収まらない期間が経過しているのである。

514 :司会者:04/10/16 15:12:44 ID:W5Xnjfds
>在日光氏
>>511氏より重大な確認要求があったので、順序が狂いますが、先に
こちらを伺います。
「百済から高句麗人技師が来日して設計した」のは
・四天王寺
・初代法隆寺
・再建された今の法隆寺
のどれでしょうか?

またその高句麗人技術者は敏達天皇六年に来日した「造寺工」と同一であると
お考えか否かも、合わせて回答願います。

515 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:14:15 ID:UpLveJPC
>>司会者氏
よって>>472が証明され、在日光が容認したのが現状にあたることになります。
それでは、以降の進行を宜しくお願い致します。

516 :在日光:04/10/16 15:16:39 ID:4QAxnR//
>>513
じゃあ尺は時代と共に変わると言ったな?
それじゃあその時代の寺の跡が、百済や高句麗に残っていると
どうして分かるんだ?

517 :司会者:04/10/16 15:17:27 ID:W5Xnjfds
>>516
恐縮ですが先に>>514に回答願います。

518 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:19:02 ID:yYQtTynV
糞スレageるな

519 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:19:25 ID:Sal7gj6x
577/十一月、百済王、大別王らの帰国に際し、経論若干巻、
 あわせて律師、禅師、比丘尼、呪禁師、造仏工、造寺工の六人を献上す。
 難波の大別王の寺に安置す。(紀)
584/九月、百済より鹿深臣、弥勒の石像一体を持ち帰る。また佐伯連、仏像一体を持ち帰る。(紀)
 この年、蘇我馬子、二体の仏像を貰い受け、鞍作村主司馬達等、池辺直氷田をして、修行者を探させる。
 播磨の国で還る俗僧・高句麗の恵便を得る。(紀)
585/六月、馬子、仏教を崇拝することを願い出る。馬子個人が崇拝することを条件に許可する。(紀)
588/この年、百済は恩率首信、徳率蓋文、那率福味身らを遣わして、調を献上す。
 同時に仏舎利と僧の聆照律師、令威、恵衆、恵宿、道厳、
 令開らと、寺工の太良未太、文賈古子、鑪盤博士の将徳白昧淳、
 瓦博士の麻奈文奴、陽貴文、凌貴文、昔麻帯彌、画工の白加を献す。(紀)
 この年、善信尼らを百済の使・首信らに付けて、学問をさせるために発たせる。(紀)
590/この年出家した尼は、大伴狭手彦連の女・善徳、大伴狛の夫人、新羅媛善妙、百済媛妙光、
 漢人の善聰、善通、妙徳、法定照、善智恵、善光ら。
595/五月十日、高句麗僧・慧慈来朝、太子の師となる。(紀)
 この年、百済僧・慧聡来る。(紀)
596/十一月、飛鳥寺竣工。善徳を寺司とする。慧慈・慧聡はじめて飛鳥寺に住す。(紀)
602/十月、百済僧・観勒来朝。暦本、天文地理、遁甲方術を伝える。(紀)
 閏十月、高句麗僧僧隆・雲聡ともに来朝。(紀)
608/九月十一日、隋使帰国。妹子を大使、吉士雄成を副使、福利を通事とす。留学生・留学僧8名同行。(紀)

http://www.bell.jp/pancho/hyper-history/chronology/1_nenpyo.html

520 :在日光:04/10/16 15:21:40 ID:4QAxnR//
>>517
四天王寺も法隆寺も関係しているだろう。
そしてその六人の中の一人に寺の建築を
提供したものと見ている。

521 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:23:47 ID:UpLveJPC
>>司会者氏
>>520>>472を覆す発言と受け取れますが。裁定をお願い致します。

522 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:24:00 ID:Dv4CcFdg
やっぱり遺跡調査の意味や時系列を理解していない・・・orz

523 :在日光:04/10/16 15:24:12 ID:4QAxnR//
>>519
太子の師となるというのは、聖徳太子の事か?

524 :司会者:04/10/16 15:24:22 ID:W5Xnjfds
>>520

>>514に対する在日光氏の回答は
「四天王寺、初代法隆寺、再建法隆寺のすべてが『百済から来た高句麗人技師』の設計になるものであり、
その高句麗人技師は敏達天皇6年に来日した造寺工と同一である」
という解釈でよろしいですか?

525 :司会者:04/10/16 15:25:53 ID:W5Xnjfds
>>521
回答を確認します。しばしお待ちを
>>523
その件は今のところ議題と関係ありません。


526 :在日光:04/10/16 15:27:46 ID:4QAxnR//
>>524
そうだろうな。

527 :司会者:04/10/16 15:29:53 ID:W5Xnjfds
>>ALL
在日光氏は自分の意見は>>524で間違いないと宣言しました。反論をどうぞ。

528 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:32:48 ID:67tolP9b
歴史よくしらないので全然見当違いの質問かもしれませんが

>>441に書いてある東魏(530頃)と高句麗とは同一の国家ですか?

別の国家であればその技術者の可能性も>>511の他の例と比べて
十分あると思われるのですが…
つまり東魏から(百済を通って)渡来した技術者(非半島人)

529 :司会者:04/10/16 15:33:35 ID:W5Xnjfds
>>506
証拠提示について一時スルーの形になりました。反論が出揃った時点で、
在日光氏に根拠の提示を求めますのでご了承願います。

530 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:34:40 ID:UpLveJPC
>>在日光
では質問させて頂く。君は>>463に対して>>471で同意したね?
>>472のように「四天王寺を設計したのは百済人ではない」(史料・物的証拠の両方に矛盾するから)と
はっきり断言した筈だ。ところが>>524の論旨はこれを覆す発言に当たるのだが、どういうことだ?

531 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:35:39 ID:cEW2LzoR
ハンファイならハンファイスレ使えば。
慣れ合いみたいな事やめてさ

532 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:35:58 ID:Dv4CcFdg
>>527
僭越ながら、反論と言うか、>>526に突っ込み入れさせて頂きます。

>>526
初代法隆寺はともかく、四天王寺の建立(完成)は583年。
工事期間は、10年近くはかかるのに(再建された法隆寺が工事に10年近くかかってる)、渡来は577年とされている。
・何故再建された法隆寺よりも短時間で出来たのか?

再建された法隆寺は705年くらいから工事が始まったとされている。
・その大工が渡来したときよりも120年以上後の事だが、何故そんなに長生きできたのか?

以上2つに回答を求む。

533 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:36:54 ID:Dv4CcFdg
>>531
ハンファイじゃないものw
ハンファイスレを使う必要無いだろ?

534 :在日光:04/10/16 15:37:02 ID:4QAxnR//
>>530
いいや、覆す発現ではない。
つまり百済から来た高句麗技術者だという事だ。


535 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:37:59 ID:Sal7gj6x
>>531
俺はハンファイが嫌いニダ。
時間制限なしのエンドレスニダ

536 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:38:18 ID:hxFpc16L
>>530
現在その技術者は「百済から派遣されたが、百済人ではない」という条件で推測を進めつつあるところなので、
必ずしも矛盾では無いのです。

537 :司会者:04/10/16 15:38:56 ID:W5Xnjfds
>>530
在日光氏は『百済から来ているが技師は高句麗人(その根拠は後で聞きます)』と主張しているので
四天王寺設計者が百済人ではないという見解は覆していないと考えます

>>531
ハンファイではありません。ハンファイルールに則ってませんし。既にこのスレがあるので、
ハンファイスレを浪費するのは避けたいと思います。

538 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:39:41 ID:K5uQW99S
>>530
>「百済から来た高句麗人技師」
なので、その質問はどうかと。

>>531
隔離スレであり、在日光氏が議論するだけの
知識も資料も持ち合わせていないため
ハンファイ以前の状態であります。


539 :在日光:04/10/16 15:40:51 ID:4QAxnR//
>>532
その疑問については簡単だ。
15年かかっている。
http://www.kongogumi.co.jp/enkaku.htm

540 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:42:15 ID:UpLveJPC
>>司会者氏
了解しました。確かに「百済から来ているが技師は高句麗人」という主張だね。百済人では無いという
主旨は保たれているものと了承させて頂きます。(根拠に関しては疑問が残りますが回答を待ちます)

541 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:44:28 ID:Dv4CcFdg
>>司会者殿
>>539のように質問の答えになっていない回答が来たので、
>>532の回答をきちんとするように求めて欲しいのですが。

542 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:45:56 ID:cEW2LzoR
このスレ光も含めバカ大杉

543 :司会者:04/10/16 15:47:32 ID:W5Xnjfds
>>539
>在日光氏
ご呈示のサイトには『法隆寺が出来たのは四天王寺が出来た15年後」と書いてありますが
『四天王寺の工期が15年」とは書いてないようですが?

また、四天王寺の工期が15年とすると、着工は問題の造寺工が来日する以前となってしまいます。
見解をお示し下さい。

544 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:48:10 ID:T+ag26qc
技師が百済人でも高句麗人でも中国人でも関係ないんじゃない?
できあがったものが中国様式なんだから。

545 :在日光:04/10/16 15:48:13 ID:4QAxnR//
>>541
長生きしていたのではなく、その再建時は半島人は関わっていない
だけだろう。

546 :司会者:04/10/16 15:48:34 ID:W5Xnjfds
>>543
訂正。「法隆寺が出来たのは推古15年で四天王寺の14年後」ですね

547 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:50:39 ID:Sal7gj6x
>光日在
1)施主の概念(民間《四天王寺》と国家事業《法隆寺》)
2)度量衡の概念(技術の伝播、業界標準)
3)様式の概念(伽藍配置、構造、ディテール)
4)仏教様式の概念
5)建築年代の概念
6)技術体系の概念(設計施工は不可分?)
7)中華思想の概念(様式の細分化と本家中国の関係)

説明よろしく。

548 :司会者:04/10/16 15:50:45 ID:W5Xnjfds
>>545の趣旨は、「再建法隆寺には半島人は関わっていない」ということですね?
これは>>524
>「四天王寺、初代法隆寺、再建法隆寺のすべてが『百済から来た高句麗人技師』の設計になるものであり、
>その高句麗人技師は敏達天皇6年に来日した造寺工と同一である」

のうち、少なくとも再建法隆寺についての部分を意見撤回したものと見なします。


549 :在日光:04/10/16 15:51:24 ID:4QAxnR//
>>543
しかし来日した時から、15年後に完成して完全には8世紀になると
書かれているので、一応15年では?
例の百済からの渡来が15年前より1年早いか遅いかぐらいだった
ような気がするので、どちらにしても、これぐらいの期間だろう。


550 :マンセー名無しさん:04/10/16 15:55:12 ID:2EJpqKde
司会者殿

四天王寺工期は>>323の方が答えておられますが…

551 :司会者:04/10/16 15:55:51 ID:W5Xnjfds
>>549
ソースは金剛組のサイトですか?
15年の根拠になるところを引用願います

552 :在日光:04/10/16 15:57:48 ID:4QAxnR//
>>551
>>539のサイトのすぐ上の二つだよ。
その二つの下に黄緑の囲いがあるだろ?
だから黄緑の囲いの上の二つが15年程だ。

553 :在日光:04/10/16 15:58:09 ID:4QAxnR//
サイト内の上の二つだ。

554 :司会者:04/10/16 15:58:18 ID:W5Xnjfds
>>550
ありがとうございます


555 :司会者:04/10/16 16:00:24 ID:W5Xnjfds
>>552
回答ありがとうございます。来日が西暦578年、四天王寺完成が593年なので、15年と考えたのですね?


556 :在日光:04/10/16 16:00:45 ID:4QAxnR//
>>555
そういう事だ。

557 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:03:44 ID:DDfLGgoQ
この慣れ合いハンファイは酷いですねw

558 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:04:04 ID:Sal7gj6x
つーか四天王寺くらい在日光にくれてやれ >all
しかし、法隆寺は絶対にやらん
そゆこと。

559 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:04:31 ID:eETMCckz
>>557
ひどいと思うなら、上げるのはよしましょう。

560 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:04:35 ID:DDfLGgoQ
    | _____________  |
      | |:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::| |
      | |:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::| |  ザー
      | |:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::| |
      | |::::::::::::::::::::::::::::::::::::;;;;;;;;;;;::::::::::::::| |
      | |:::::::::::/ ̄ ̄ ̄`´    `ヽ:::::::| |
      | |::::::::::|  :ill||||||||||ll: ,-‐‐、l::::::| |
      |  ̄ ̄|  ||||||||||||||||「しi .l ll ̄  .|
      | ̄「 ̄|  ||||||貞|||||||i ̄川リ ̄| ̄|
      |_| ノ   ||||||||||||||||||     |_|
        /    ||||||||||||||||||
        /    /||||||||||||||||||
       / ̄/ ̄ |||||||||||||||||
       /  /    |l|l|l|l|l|l|l|l
     / /    |l|l|l|l|l|l|ll
    / ヘJ      l|l|l|l|l|l|l
    ノ川        ||l||l||ll



561 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:04:50 ID:Dv4CcFdg
>>557
>>12

562 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:05:48 ID:eETMCckz
>>558
朝鮮人相手にそれは駄目。
ひとつやったら全部もらったものと勘違いする民族なんだから。

563 :司会者:04/10/16 16:06:06 ID:W5Xnjfds
話が錯綜してきたので少しまとめます。

在日光氏の当初の主張は

「四天王寺、初代法隆寺、再建法隆寺のすべてが百済から派遣された高句麗人技師の手による。これは日本書紀に
西暦578年来日したと記録がある造寺工と同一である」

というものでした。しかし、再建法隆寺については>>545で撤回されました。

>>532
四天王寺のサイトによれば創建は593年であり貴殿の主張と異なります。この件については回答完了とみなして
よろしいですか?





564 :在日光:04/10/16 16:06:51 ID:4QAxnR//
そもそもその当時の寺が半島にあるなんて、どうして分かるんだ?

565 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:06:55 ID:Sal7gj6x
白村江の戦/第4ラウンド(再)
http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1097548873/108
108 名前: 在日光 投稿日: 04/10/13 14:48:47 ID:0TNQ6hhs
>>105
なるほど。じゃあ進むが、こんなのを見つけた。
これについて説明してくれ。
【噴水台】長寿企業


もう秋田yo!

566 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:09:01 ID:Sal7gj6x
>>562
>朝鮮人相手にそれは駄目。

恨むなら記紀の中の人を恨め。だって百済マンセーしてるじゃん。

567 :司会者:04/10/16 16:09:39 ID:W5Xnjfds
>>564
日本の寺が半島の寺の技術で建てられていると主張しているのは貴方です。
主張を全面的に撤回するのですか?

568 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:10:07 ID:UpLveJPC
>>司会者氏
申し訳ありません。二点ほど質問を。

・593年に「創建された」とは何を指すのですか?
・四天王寺のサイトに記述されている事柄を裏付ける史料とは何ですか?

569 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:10:50 ID:Sal7gj6x
>在日光
金剛組をソースにすんなよ!耳からタコにだ。

570 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:10:58 ID:Dv4CcFdg
>>563
あ、ごめんなさい。
ウリタイプミスしてました。
593を583とミスしました。
回答完了でOKです。

571 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:11:15 ID:DDfLGgoQ
隔離だってw
相手にしなきゃいいじゃんw
バカ大杉

572 :在日光:04/10/16 16:11:23 ID:4QAxnR//
>>567
いや違う。つまりその当時の寺の跡が半島にあると
どうして分かるんだ?

573 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:11:51 ID:Dv4CcFdg
>>571
>>12

574 :在日光:04/10/16 16:12:09 ID:4QAxnR//
>>569
四天王寺のサイトでも同じだ。
だから結局14年か15年の歳月で建てられた。

575 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:12:49 ID:hxFpc16L
>>569
一応四天王寺の公式サイトでも
「四天王寺は、推古天皇元年(593)に建立されました。」
とあるので、>>568への回答を待つべし。

576 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:13:25 ID:DDfLGgoQ
>>573
最悪板でやれよ

577 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:13:45 ID:Dv4CcFdg
>>576
>>12

578 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:14:34 ID:DDfLGgoQ
>>577
最悪板でやれよ


579 :司会者:04/10/16 16:14:47 ID:W5Xnjfds
>>568
ttp://www.shitennoji.or.jp/engi/engi2.htm

>四天王寺は今から約1400年前、推古天皇元年 (593)に聖徳太子が
>建立された、日本仏法最初の大寺である。

となっております。これに従いました。

「創建」は用語が不正確ですね。お詫びしますが、583年を四天王寺自身が名乗っていないので。



580 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:14:48 ID:Dv4CcFdg
>>578
>>12

581 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:15:26 ID:Sal7gj6x
金剛ブレイク工業〜♪


        ダイヤモンドカッター
     ( ゚∀゚)                    DaDaDa!
     (ヽ□=□))                (゚∀゚)ノ
      > >                  ノ( ヘヘ


金剛ブレイク工業〜♪


     コンプレッサー   _______     ダイチニヒビケ!
  (;゚Д゚)         ||   /AKTIO/.|   (( ゚∀゚))    ・∴.
 〜( 〜)        || ||||| :::::::::::::: |   ((入□=□━━━
   <<         || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ト、_ノ > >     .∵’
                ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ズゴゴゴッ



582 :■■■誘 導■■■:04/10/16 16:16:25 ID:DDfLGgoQ
在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/



583 :司会者:04/10/16 16:18:06 ID:W5Xnjfds
>在日光氏

では、私から二点ほど伺います。

1:日本書紀に記された『百済から来た造寺工』と「四天王寺の設計者」が同一であると考える根拠はなんですか?
2:また、その造寺工が初代法隆寺も設計したと考える根拠は何ですか?

584 :■■■誘 導■■■:04/10/16 16:18:31 ID:DDfLGgoQ
>>583
在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/




585 :■■■■終 了■■■■:04/10/16 16:18:51 ID:DDfLGgoQ
削除依頼済み このスレは放置推奨

586 :在日光:04/10/16 16:21:26 ID:4QAxnR//
>>583
まず三宝の指導者的立場になった時期と、六人が渡来した技術者の
時期はどうなっている?


587 :■■■■終 了■■■■:04/10/16 16:22:15 ID:DDfLGgoQ
>>586
在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/



588 :司会者:04/10/16 16:24:24 ID:W5Xnjfds
>>586
既出なので自分で調べてください

>>ALL
2ちゃんねるの慣習をよく知らないのですが、ID:DDfLGgoQの誘導に従うべきですか?

589 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:24:36 ID:UpLveJPC
>>司会者氏
これを質問に加えて下さい。
・株式会社 金剛組のサイトに記述されている事柄を歴史的に裏付ける史料とは何か?
また、>>586に関しては既に>>500以降にて提示・解説されている事柄です。

590 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:25:19 ID:Dv4CcFdg
>>587
ここに張り付くだけじゃなく、
さんちゃんのスレと、脳筋のスレと、討伐され人のスレも誘導して下さいなw

591 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:25:32 ID:hxFpc16L
>司会者
日本書紀を確認したところ、593年に
「この年、四天王寺を造り始めた」
とありました。
着工であり、完成ではない模様。

592 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:25:40 ID:C43E7mbk
>>588
電波隔離なら最悪板でしょ。
他のコテも最悪板や電波板に隔離しとるし

593 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:26:15 ID:Dv4CcFdg
>>588
コテ叩きは最悪板ですが、韓国の話題を最悪板で語るのは板違いです。

594 :■■■誘 導■■■:04/10/16 16:26:48 ID:DDfLGgoQ
>>590
ここは慣れ合いスレで閉鎖的な使い方をしてるからダメ

在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/




595 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:27:00 ID:UpLveJPC
>>司会者氏
どうでしょうね…。(既に「あぼーん機能」で消していたので誘導に気が付けませんでしたが)

596 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:27:32 ID:C43E7mbk
>>593
板違いでもないよ

597 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:29:25 ID:Dv4CcFdg
>>594
さんちゃんスレも馴れ合いだぞw
脳筋スレは脳筋ヲチだし、討伐され人スレはヲチ兼隔離所。

598 :司会者:04/10/16 16:29:51 ID:W5Xnjfds
>>591
ありがとうございます。発願から着工まで6年はちょっと長い気もしますが、工期が長い分には
在日光氏の見解に大きな影響を与えないので、このまま進行させていただきます。

599 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:30:56 ID:+zl/EL0K
>>597
さんちゃんスレって何処?


600 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:31:42 ID:Sal7gj6x
金剛コリアン工業『社歌』

ブレイク ブレイク 大阪民国の 解体 解体 一役買いたい
耐久年数過ぎてゆく 四天王寺が崩れてく
韓日友好はばむやつらさ Break Out !

金剛コリアン工業 百済人だぜ Da Da Da
金剛コリアン工業 創業一筋ハン万年!!

家系を捏造! 歴史を壊すぜ! チョソの手先さ! 東へ西へ
走る! 走る! 金剛コリアン工業

金剛コリアン工業 百済人だぜ Da Da Da
金剛コリアン工業 ウリナラ起源さ Da Da Da
金剛コリアン工業 家系を捏造 Da Da Da
金剛コリアン工業 創業一筋ハン万年!!

家系を捏造! 歴史を壊すぜ! チョソの手先さ! 東へ西へ
走る! 走る! 金剛コリアン工業
Break Out !!


601 :在日光:04/10/16 16:31:59 ID:4QAxnR//
>>588
つまりその六人の内一人が建築に
関わっている。
労働者ではけしてない。
労働者なら日本人でいいはずだからだ。
つまりその一人が重要であったのだろう。
10年以上かかる作業なら、この四天王寺と見て間違いないだろう。
十数年前に来ているので、時期は一致する。

602 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:32:54 ID:DDfLGgoQ
>>601
お前ウザイよ

603 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:33:55 ID:Dv4CcFdg
そういえば、チキンスレもあったっけ。
チキンスレも馴れ合い兼ヲチだしなぁ。

604 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:34:48 ID:C43E7mbk
そのうち全て削除されるだろ。

605 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:36:23 ID:UpLveJPC
三人引き連れてきたという記述は丸ごと放棄して、今度は一人が重要だったと言い張るご様子。
そろそろ関わること自体にも疲れてきた。史料は一切提示せずに主張して、論破されれば次は
全く関係ないことを引っ張り出してきて主張するんだから、やってられん。

606 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:37:05 ID:Sal7gj6x
>>12
>人間が通常おさめている知識の範囲で
>腹や頭を抱えながらも忍耐力を訓練し、



限界〜だああああああ!!!!

607 :■■■誘 導■■■:04/10/16 16:37:46 ID:DDfLGgoQ
在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/


608 :マンセー名無しさん:04/10/16 16:37:50 ID:5n6RchAI
百済と新羅が倭国に朝貢していた件なんですが、隋書の指摘が無いの
で貼っておきます。

隋書

「新羅百済皆以倭為大国多珍物並敬仰之恒通使往来」
意味「新羅と百済は日本を大国で珍しい物が多い国だとしており、 ともに
日本を敬い仰ぎ、つねに使いを送り、往来している 」



609 :司会者:04/10/16 16:39:27 ID:W5Xnjfds
>>601
それは百済がなぜか「高句麗人」を派遣した根拠にはならないと思いますよ。

さて。質問の追加が来ているのでお願いします
「在日光氏は株式会社金剛組のサイトを事実だと確信しているのか。している場合、サイトの内容を証明する史料は何か?」
です。よろしくご回答下さい。

610 :在日光:04/10/16 16:42:55 ID:4QAxnR//
>>609
いや、確かに金剛組は信用に値しないという結果になった。
だからきちんとした資料が必要だろう。
それによると、593年には完成ではなく着工なんだな?
それでもやはり、その百済からの技術者が関わっているのだろう。
14年ほど考えて、そして着工した。


611 :在日光:04/10/16 16:43:51 ID:4QAxnR//
それと高句麗人が百済を通って来たのだろうか?


612 :司会者:04/10/16 16:47:54 ID:W5Xnjfds
>>610
では金剛組のサイトに記されている「四天王寺を設計したのは百済人金剛重光である」という
記述は疑わしいということで合意したと見なします。
>>611
貴方はそう主張していますね。貴方以外の参加者は否定、または疑問視していますが。

613 :在日光:04/10/16 16:50:20 ID:4QAxnR//
>>612
では尺が高句麗式というのはいったいどのような事なんだ?
まず高句麗人が建築したとしか言いようがないのでは?
なぜなら百済だって高句麗とは尺が違っていたわけだから。

614 :司会者:04/10/16 16:52:46 ID:W5Xnjfds
>>613
質問の意味がわかりません。簡明な日本語での記述をお願いします。

615 :在日光:04/10/16 16:58:59 ID:4QAxnR//
>>614
つまり日本の四天王寺などの尺が、高句麗式の尺なんだよ。
しかし百済は高句麗式の尺じゃない。
つまり百済から六人の僧侶や技術者が来たというのは
高句麗人が百済を経由してきて、日本で建築したんだろう。
そのような解釈でいいのか?

616 :司会者:04/10/16 17:00:47 ID:W5Xnjfds
追加説明が必要なようですね。
四天王寺に百済が関与していたと主張しているのは、今のところ金剛組のサイトだけです。
従って、金剛組のサイトが信頼できないと合意した時点で、百済が関与したという
根拠はなくなりました。四天王寺の設計者は高句麗建築(正確には中国建築の可能性有り)を
学んだ日本人でも、史料とは矛盾しないのです。

在日光氏。百済の関与をさらに主張されるならば別の根拠の提示を、そうでないなら
百済が関与という主張の撤回を願います。

617 :在日光:04/10/16 17:03:55 ID:4QAxnR//
>>616
学んだにしては、尺がそれぞれの国で違うのに
日本だけ高句麗式という事は、高句麗人が直接関与しているのだろう。
日本書紀には百済から六人と書かれているが
それは百済人ではない。
高句麗人が百済を経由してきた。
こう考えれば、日本書紀に記述されている百済から六人のという
のはつじつまがあうのでは?


618 :マンセー名無しさん:04/10/16 17:06:02 ID:UpLveJPC
>>司会者氏
ちなみに在日光は「日本の四天王寺などの尺が、高句麗式の尺なんだよ」と断定してますが、
これは「仮説の話」ですので。単純に尺が近似しているから、という仮説に過ぎません。

619 :司会者:04/10/16 17:07:26 ID:W5Xnjfds
>>617
>>511を参照してください。3つの可能性が提示されています。
そのどれでも、史料には矛盾しません。

620 :司会者:04/10/16 17:08:59 ID:W5Xnjfds
>>618
唐大尺に類する尺である可能性ですか?
確かにその可能性はあると思いますが、これまでその点の指摘がありませんでしたので。

621 :在日光:04/10/16 17:12:30 ID:4QAxnR//
>>619
それは一番上の高句麗人技術者が一番適当だろう。
なぜなら渡来人に寺の技術者がいた事、その時期と
四天王寺の時期は一致している。
もしも寺が四天王寺でなければ、他に何か寺があると?
百済人が高句麗式を学んだなら、百済にその尺の寺があるはずだが
その尺の寺はないから、この説は違うだろう。
日本人が学んだという説があるようだが、それなら
他の国も他国から学んだのに尺が違うのなら
学んだ日本も尺が違ってくるはず。

622 :マンセー名無しさん:04/10/16 17:17:48 ID:UpLveJPC
>>司会者氏
令小尺・天平尺の部類である可能性も存在するということを在日光は知りませんから。
名称のみを論って論じているに過ぎないのです。(そこにしか道が無いのですから)

623 :司会者:04/10/16 17:17:54 ID:W5Xnjfds
>ALL
在日光氏は「百済が送り込んだ人材」がなぜか「高句麗人技師」であると主張しています。
反論をどうぞ。

>在日光氏
司会が私見を述べるのは本来好ましくないのですが、技師をよこせと言われて第三国人の
技師を派遣するのは、「百済にはお求めの技術がありません」という、百済にとってはかなり
屈辱的な事態です。従って高句麗人を派遣した可能性は低いと考えますがいかがですか



624 :在日光:04/10/16 17:19:33 ID:4QAxnR//
>>623
ではその渡来技術者はいったい何の寺を作っていたと?

625 :司会者:04/10/16 17:23:35 ID:W5Xnjfds
>ALL
ネタフリしちゃったので答えます。お許しを。
>>624
不明です。現存しない、名前も伝わっていない寺を建てたのかもしれませんし、
百済の技術は日本では役立たずで、まともな寺を残せなかったのかもしれません。

626 :在日光:04/10/16 17:29:33 ID:4QAxnR//
>>625
では仏教建築とは四天王寺や法隆寺だけなら
仏教建築は半島人が関わっていないという事になる。

627 :司会者:04/10/16 17:33:06 ID:W5Xnjfds
>>ALL

>>626において四天王寺及び法隆寺の建築に半島人の関与は認められないと
表明しました。私はこの表明を
「四天王寺及び法隆寺の建築は百済の技術援助で行われた」といいう、
在日光氏の意見は、自らの手で撤回されたものであり、今回議論の目的は達成されたと考えます。

よろしければこれで終了したいと思いますが、ご異議ありますか?


628 :在日光:04/10/16 17:36:57 ID:4QAxnR//
>>627
あります。まず仏教建築が最初に日本に入ったのは
何の寺ですか?

629 :司会者:04/10/16 17:41:43 ID:W5Xnjfds
>>628
私の知る範囲では、飛鳥寺ですね。

ですが、貴方が主張した「四天王寺百済援助説」とは全く関係ないので、有効な異議とは認めません。
飛鳥寺について論じたいなら、機会を改め、十分な準備をしてからお願いします。

630 :司会者:04/10/16 17:42:52 ID:W5Xnjfds
他にはご異議無いようですので、これで終了して名無しに戻らせて頂きます。
参加者各位、ご協力感謝&お疲れ様でした。

631 :在日光:04/10/16 17:43:06 ID:4QAxnR//
>>629
つまり聖徳太子の時代か。
ではその寺の尺はどのような尺なんだ?

632 :マンセー名無しさん:04/10/16 17:44:29 ID:ezDOAkFY
>>630
ありがとうございました。
ご苦労様でした。

633 :在日光:04/10/16 17:51:55 ID:4QAxnR//
いるか?

634 :マンセー名無しさん:04/10/16 17:54:53 ID:aMdKJ8Rp
いない

635 :在日光:04/10/16 17:56:36 ID:4QAxnR//
明日か。

636 :マンセー名無しさん:04/10/16 17:58:05 ID:ezDOAkFY
>>633
「飛鳥寺について論じたいなら、 機 会 を 改 め 、 十 分 な 準 備 を し て か ら お願いします。 」>>629参照

637 :マンセー名無しさん:04/10/16 18:00:34 ID:JRF/sVEv
>>635
飛鳥


638 :マンセー名無しさん:04/10/16 18:07:02 ID:aMdKJ8Rp
>>510>>512>>519
西暦577年 律師、禅師、比丘尼、呪禁師、造仏工、造寺工の六人を献上す。
西暦608年 隋使帰国。留学生・留学僧8名同行。

恨30年、韓帝30年(笑

639 :マンセー名無しさん:04/10/16 18:20:44 ID:aMdKJ8Rp
金剛組へのお問合わせは、こちらよりお願い致します。
寺社建築に関する事、その他お気軽にお問合せください。
ttp://www.kongogumi.co.jp/toiawase.htm


お名前:
メールアドレス:
お問合せ内容:
(よろしければご連絡先電話番号、住所等もご記入下さい。)

640 :司会者:04/10/16 18:29:12 ID:+i3XXJsZ
司会者氏も甘いというかお人好しだなぁ。在日光に一発逆転の
鍵を残して去るなんて。もっとも在日光がその鍵に気付く確率は
絶望的なまでに低いだろうが。

641 :司会者:04/10/16 18:35:02 ID:JSTpOuye
>>640
自演?騙り?電波?

642 :マンセー名無しさん:04/10/16 18:42:41 ID:hxFpc16L
心配すんな。
香具師は、自分が落ちた後の書き込みなんざ見ていない。

そして、今日教わったこともほぼ憶えていない。
明日は明日で、またまっさらな状態から始まるのだ。

643 :マンセー名無しさん:04/10/16 18:56:13 ID:Q0SDMuI+
違う意味で「日々に新たに、また日に新たなり」か?(w

644 :マンセー名無しさん:04/10/16 20:05:52 ID:429NITiA
すげええ・・・・

昨日だかおととい懇切丁寧に解説したはずの度量衡の知識が
ぬぐったように消えうせてる!

どうなってるんだコリャ?MS-DOSで書かれた人工知能かなにか
相手にしてるようだ・・・・

645 :マンセー名無しさん:04/10/16 21:12:04 ID:JRF/sVEv
ようやく、在日光が卒業か?


646 :マンセー名無しさん:04/10/16 21:25:24 ID:hxFpc16L
>>645
「卒業」はこの秋だけでもすでに2回はしていた気がする。

647 :マンセー名無しさん:04/10/16 22:11:56 ID:NpB5H79U
「卒業」って「2ちゃんねるからの卒業」らしいからなw
オレは当分卒業できなさそう……orz

648 :マンセー名無しさん:04/10/16 22:24:43 ID:6C0bNIL/
>>242
>彼らは後の満人ですな。朝鮮人とは関係ありませんです。

高句麗人をただちに「後の満人」というのはあまりに大雑把すぎる議論。
両者は、直接には関係ない。

>ただ、朝鮮人は日本人と高句麗人の緩衝地帯に発生した混血である
>・・・というオソロシイ説もありますです。

現在の朝鮮人は、元の新羅人をベースに、百済人・高句麗人・モンゴル人の血もいくらか
入っているとはいえ、そんなのは「日本人もふくめ世界のあらゆる民族に他民族の血も
入っている」のと同程度のこと。基本的には現在の半島人の先祖は新羅人。
高句麗人と日本人の混血などといってるのは時代も用語もめちゃくちゃで意味不明。
高句麗や百済の血は、現在の半島人にほとんど受け継がれていない。

高句麗や百済の王族貴族の多くは日本に亡命した。
高句麗の下級貴族は靺鞨人の手下になって渤海国を手助けし、その後は渤海人となった。
高句麗や百済の王族貴族で、唐に拉致されたり新羅に投降したものもあるが多くはない。
高句麗の庶民階級は楽浪郡・遼東郡の中国人の子孫が混血・同化されたもの。
百済の庶民階級は馬韓人の子孫であって、本来の百済人(夫餘種)ではない。

649 :マンセー名無しさん:04/10/16 23:01:56 ID:XBMEidGc
>>640
なにわのおおわけのおおきみのてら
でつか?

650 :■■■誘 導■■■:04/10/16 23:36:52 ID:uww6niIY
在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/



651 :在日光:04/10/17 09:18:11 ID:9OPLR2Dd
>>519
ここに太子の師となると書かれているが、聖徳太子の師となったんだろ?

652 :マンセー名無しさん:04/10/17 09:23:36 ID:HKrksnz+
今日は、休みじゃないのか

653 :在日光:04/10/17 09:26:06 ID:9OPLR2Dd
いいや、水曜日に卒業する為に、急いで解決しなければいけないだろ。
だからがんばっている。

654 :  :04/10/17 09:37:40 ID:XiSijxHx
>>651
「慧慈 聖徳太子」で検索すれば一発で判ることを何故いちいち問うの?
ここにある太子は多分聖徳太子でOK。最も彼は当時既に摂政になっていて、教師を必要とする立場では
無かったけどね。
昨日、一昨日と講義した中で、百済の僧が携えた仏教は不完全だったので他の仏教を研究したという話は
覚えているかな? 聖徳太子はこの時その一環で高句麗仏教にかなり傾倒していたようだ。その講師が
高句麗から来た僧、慧慈と考えられている。

その後の仏教が中国に留学した僧中心に発展していった事を見ると、高句麗仏教もまた満足行くものではなかったようだが。

655 :マンセー名無しさん:04/10/17 09:42:17 ID:NLl4qZ2T
>>654

高句麗や北魏よりも南梁の方が中心だったようだしねえ・・・

ま、どっちにしろ正確な仏教が東アジアに来るには
唐代の玄奘取経を待たねばならぬわけだが

656 :在日光:04/10/17 09:47:31 ID:9OPLR2Dd
>>654
やはりこれだけあると、仏教に関しては日本は素人で
大陸に頼っていた事が分かる。
寺工も来ているのだから、建築も頼っていたと見るべきでは?
尺というのは変化するらしいが、その時代の尺というのが
半島に残っているとなぜ分かるんだ?
寺跡といっても、いつの時代か分からないのでは?

657 :マンセー名無しさん:04/10/17 09:51:24 ID:NLl4qZ2T
>>656

当たり前やん。
当時は中国でさえ原典もそろわず、満足のいく講義のできるやつおらんかったんだぞw

658 :マンセー名無しさん:04/10/17 09:53:32 ID:HKrksnz+
>>656
建築は、ユーラシア様式とでも言うべきものがあって、高床式アンド畳というのは
日本(だけ?)独特

ユーラシアは、椅子+石(地べた)

仏教は多分ソクドが伝えたのであろうから、
それは、日本は素人だわな

659 :在日光:04/10/17 09:53:54 ID:9OPLR2Dd
>>657
じゃあ昨日は考えた事がある。おまえらは仏教が中国から半島から
日本へという構図だと言った。
それは中国様式の影響を半島が受けているからだと。
しかし、それは半島様式で、中国こそ半島様式の影響を
受けていたら、半島から中国という構図になる。

660 :マンセー名無しさん:04/10/17 09:54:16 ID:IGtOXcmR
>>656
>>627をよく読め。そして今日の疑問点を簡単にまとめろ。
1.〜
2.〜
3.〜
のように。

661 :マンセー名無しさん:04/10/17 09:55:11 ID:NLl4qZ2T
>>659
> しかし、それは半島様式で、中国こそ半島様式の影響を
> 受けていたら、半島から中国という構図になる。


・・・・申し訳ないが、ちょっとありえないw

662 :在日光:04/10/17 09:56:30 ID:9OPLR2Dd
>>658
まさか神道というのが日本にあるらしいが、神社の作りはどうなんだ?

663 :司会者:04/10/17 09:57:03 ID:XiSijxHx
>>659
仏教が発祥の地であるインドから、中国を飛び越して半島に渡り、
Uターンして中国に入ったという主張か? 相当に無理があると思うが。

664 :在日光:04/10/17 09:57:44 ID:9OPLR2Dd
>>660
尺だよ。尺が高句麗式というのは、なぜその当時の尺だとわかるんだよ?
>>661
なぜありえないんだ?

665 :在日光:04/10/17 09:58:29 ID:9OPLR2Dd
>>663
いいや、直接半島に来たんだよ。
別に中国を通らなくても行けるだろ。
日本の弥生時代が船でという事と同じだ。

666 :マンセー名無しさん:04/10/17 09:58:47 ID:NLl4qZ2T
>>662

出雲には現在の技術では再建できんような
巨大神殿が築かれておったしのう・・・

建築技術的にはかなりの水準と考えた方がよかろう。



667 :マンセー名無しさん:04/10/17 09:59:29 ID:SzrU6QrR
>>664
> なぜありえないんだ?

じゃあ何処から半島へ、仏教が伝えられたと考えているんだ?

668 :マンセー名無しさん:04/10/17 09:59:31 ID:NLl4qZ2T
>>665
> いいや、直接半島に来たんだよ。

だから言い切るなら証拠をだせってw

669 :在日光:04/10/17 09:59:43 ID:9OPLR2Dd
>>666
まさか神社建築は仏教とは違う日本独自のものだとでも?


670 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:00:38 ID:HKrksnz+
>>662
伝統様式では、瓦葺ではない罠

671 :在日光:04/10/17 10:00:46 ID:9OPLR2Dd
>>667
ありえなさそうな弥生人の事例があるじゃないか。
>>668
証拠はないが、弥生人の事例があるのだから
おかしな事ではないので、中国からとはいえない。

672 : :04/10/17 10:01:16 ID:XiSijxHx
>>664
尺については、高句麗の遺跡を調査すれば推定できる。土台石しか残っていなくても、建物の配置と大体の
サイズくらいは判るからね。


673 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:01:22 ID:NLl4qZ2T
>>669

そっちは詳しくないので回答はできかねるが、
少なくとも半島にはこの時期の巨大建築物の遺構ないじゃんw

半島にはなんもないぞw

674 :在日光:04/10/17 10:01:34 ID:9OPLR2Dd
>>670
神社が今の技術で復建できないのはおかしい。
それは日本の技術でない証拠じゃないか。

675 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:03:06 ID:SzrU6QrR
>>665
あのな。三国史記でも中国の史書でも、中国から百済に仏教がもたらされたと記されているんだよ。

676 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:03:08 ID:NLl4qZ2T
>>674

スカタン。現在の技術で再建できない古代〜中世の建築物など
世界中どこにでもあるわw

いっておくが「日本の技術」ではなく「世界の誰も」再建できんのだ。

677 :在日光:04/10/17 10:04:54 ID:9OPLR2Dd
そもそも百済何とかというのがおかしい。
百済観音とか、百済仏教とか言われているだろ。
百済から来たからといって、百済何とかと名づけないだろ。
それは百済に独自性があったからでは?
普通コピーなら、観音でいいはず。
資料に百済からと書けばいいだろ。
欧米人が中華料理を日本人に頼む時に
ジャパニーズチャイナフードなどと呼ぶか?
チャイニーズフードと呼ぶだろう。
しかし資料に日本人の手によりとかかれるだろう。

678 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:04:54 ID:X2I5uaWF
>>674
木が無いの。ぶっとい樹齢何千年という木が。
大体韓国に無いやん。
大木というものが。
昔から禿山ばっかりだろΨ(`∀´)Ψケケケ

679 :在日光:04/10/17 10:05:17 ID:9OPLR2Dd
>>675
そうか。それなら解決だ。

680 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:05:51 ID:SzrU6QrR
>>674
巨大建築の社のことを言っているのなら、材料になる巨木の入手が困難だからだよ。
古式の社なら瓦葺でない。

681 :在日光:04/10/17 10:06:03 ID:9OPLR2Dd
>>676
日本人が作りあげているのにか?技術を捨てたのか?


682 :在日光:04/10/17 10:06:57 ID:9OPLR2Dd
その神社の建築とは仏教建築の影響を受けていないのか?
その古い時代から神社があったと?

683 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:07:01 ID:NLl4qZ2T
>>678
ああ、それはでかいねえ・・・巨大木造建築に耐えられる素材が無いんじゃ
木造建築の技術が発展するわけないもんなあ

684 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:07:09 ID:HKrksnz+
>>674
OCRそのまま貼り付けてる

 私はここでは建物の内外の相違を取り上げてみたい。日
            ていた〈  しんでんづく                                 しよ
本の貴族の邸宅は寝殿造りをへて、やがて周知のとおり書
いんづく                    とう
院造りが主になつてくる。寝殿造りの祖型は唐の宮殿であ
るが、日本のそれは初期からいちじるしい相違を見せてい
た。
     とましき    たかゆかしき     じょうもんじだい
 第一に、土間式ではなく高床式であった (縄文時代以
                      かわらぶ
来である。@参照)。第二に、寺院を除いて瓦葺きではな
  ひわだぶ
く、檜皮葺きであった。第三に、柱などすべての木部を丹
                                                    −レよ、つちょ、つ        しら き
土塗りなどにせず、日本人好みの簡素の象徴である白木
づく         はきもの ぬ
造りにした。第四に、履物を脱いで上がる和風が取り入れ
                           たたみ
られた。第五に、寝所が中国式のベッドではなく畳の上に
                                                         い ナノ
直接寝る形式になつた。第六に、座式を守り唐風の椅子(中
         こ しょ、つ
国では胡林といった)式の生活にならなかった。第七に、
家屋全体がユーラシア大陸ではどこも密閉式であるが、わ
が国では特有の全面開放式になつた。第八に、中国やヨー
亡=


685 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:07:29 ID:XiSijxHx
>在日光氏
三国史記を百済本紀だけでも良いから読んできてくれ。君たちの最古の歴史書だ。


686 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:07:52 ID:NLl4qZ2T
>>681
> 日本人が作りあげているのにか?技術を捨てたのか?

失われてしまったのだよ・・・・ロスト・テクノロジーは日本だけではなく
ヨーロッパにもいろいろあるがのう

687 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:08:24 ID:NLl4qZ2T
>>682
> その神社の建築とは仏教建築の影響を受けていないのか?
> その古い時代から神社があったと?

(゚Д゚)ハァ? 出雲といっておろうが!年表読んで出直せ!

688 :在日光:04/10/17 10:08:49 ID:9OPLR2Dd
>>684
畳があったというのか?

689 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:09:24 ID:X2I5uaWF
>>677
百済仏教なんざ誰が言ってるんだよ。
チベット仏教だのはあるが、朝鮮仏教何ざ存在しねえよ。
仏像の起源はどこだか知ってるか?
インドじゃないぞ。バラモンはもともと偶像崇拝しないんだからな。


690 :在日光:04/10/17 10:09:35 ID:9OPLR2Dd
>>687
出雲?出雲がどうしたんだ?市町村にすぎない。


691 :在日光:04/10/17 10:09:57 ID:9OPLR2Dd
>>689
あるんだよ。百済仏教は。

692 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:10:32 ID:NLl4qZ2T
>>690

・゚・(つД`)・゚・  俺もうやだ・・・

693 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:11:04 ID:SzrU6QrR
>>682
権現造とかなら仏教の影響を受けているがな。
大社造とかなら仏教伝来以前からの建築様式。

694 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:11:28 ID:XiSijxHx
>>682
神道は仏教伝来以前からあった日本の土着宗教だ。当然寺院建築が
知られる以前から神社はある。君はひょっとして日本人は7世紀になっても
洞窟に住んでいたと考えているのか?

ちなみに仏教伝来以前の半島では、どんな宗教が存在したのか御存知なら
教えて欲しい。

695 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:11:33 ID:yQwVcuTG
>>690
バカチン。
出雲がどんな町か知っているのか?

696 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:11:45 ID:NLl4qZ2T
>>691

> あるんだよ。百済仏教は。

あるんだよ・・・はいいから証拠を出しなさい、証拠を
史料でも考古資料でもいいから

697 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:12:18 ID:X2I5uaWF
>>691
朝鮮語の念仏でも唱えていたのか?
( ´_ゝ`)フーン

698 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:13:23 ID:SzrU6QrR
>>691
大乗仏教正統の中国仏教と比較するときに、不完全な意味で百済仏教という言葉を使うけどね。

699 :在日光:04/10/17 10:13:37 ID:9OPLR2Dd
おまえらだって呉服を和服と言いながら、自国の文化にしているだろ。
自国の服として誇る材料にしているじゃないか。
中国の服を誇っているじゃないか。

700 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:14:32 ID:X2I5uaWF
ちなみに出雲大社の神官は大国主の子孫だw

701 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:14:34 ID:SzrU6QrR
>>699
「呉服」とは服ではなく布のことだよ。

702 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:15:39 ID:NLl4qZ2T
>>699

呉服はお太鼓に結った帯等、独自進化したものが
現存し、現実に使われてるもんよw

だからな・・・百済オリジナルがあったというなら
証拠をつきつけてくだちいよw

証拠もなく「あったんだよあったんだよあったんだよおおおお!<`Д´*>」

・・・って言われてもねえw

703 :在日光:04/10/17 10:16:11 ID:9OPLR2Dd
>>694
それは分からない。
しかし百済という名前が日本のさまざまな部分でついているのは
隠しようもない事実だ。
そこに独自性がある。


704 :在日光:04/10/17 10:16:42 ID:9OPLR2Dd
>>695
出雲は相当知っているぞ。
当時から半島の影響を強く残しているという事がだ。

705 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:16:55 ID:X2I5uaWF
>>698
でも経典は中国語(唐音)だしょ?

706 :在日光:04/10/17 10:17:26 ID:9OPLR2Dd
>>698
つまり新たな技術というよりは、技術が足りなかったりか?

707 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:17:29 ID:NLl4qZ2T
>>704

はい、証拠は?w

708 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:17:50 ID:XiSijxHx
>>704
当時っていつのこと? 何世紀ごろ?

709 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:18:02 ID:NLl4qZ2T
>>706

オマエの脳内では仏教哲学はテクノロジーなのか・・・

710 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:18:25 ID:SzrU6QrR
>>703
百済だけではなく「新羅」も「高麗」もあるんだけどね。

711 :在日光:04/10/17 10:18:36 ID:9OPLR2Dd
呉服は和服とも呼ばれているものだぞ。
和服が呉服の亜流じゃないのなら、呉服と呼ばれはしないだろ。

712 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:21:09 ID:NLl4qZ2T
>>711
千年単位の昔に流入して独自進化をとげたものを亜流といわれてもなあw

ま、「漢字」みたいなもんですよ。

その漢字を駆使して福沢諭吉は現在オマエらやシナ人が使っている
ほとんどの近代思想、経済、学術用語を作ったわけで、まあ、そんなようなもんですw

713 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:21:42 ID:izE9bF/H
頼むから、意味も知らないのに語ろうとするな。

714 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:21:51 ID:HKrksnz+
>>703
アメリカ村
志摩スペイン村
ハウステンボス

沢山あるぞ

715 :在日光:04/10/17 10:22:36 ID:9OPLR2Dd
>>712
じゃあ呉服とはよばないだろ。

716 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:22:36 ID:SzrU6QrR
>>711
呉服は服ではなく布のことだと言っただろうが。

ごふく 0 【呉服】

(1)和服用の織物の総称。特に、絹織物をさすこともある。
「―店」
(2)中国、呉の国から日本に伝わった織り方によって作った織物。綾など。くれはとり。
「ひとびとも―給はる/宇津保(菊の宴)」

717 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:22:44 ID:NLl4qZ2T
>>714

ダッチワイフとかトルコ風呂とかw

718 :在日光:04/10/17 10:23:12 ID:9OPLR2Dd
>>714
それはアメリカ色だからだろ。
ようするに百済色があったからこそ、百済何とかだろ。

719 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:23:48 ID:NLl4qZ2T
>>716

> (1)和服用の織物の総称。特に、絹織物をさすこともある。

ああ!シルクなのね!
確かにそりゃシナの名前がつくわけだわ

720 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:24:21 ID:SzrU6QrR
>>718
百済からきたものだから「百済」とついているだけだろ。

721 :俺、生粋の名無しだけど・・・:04/10/17 10:24:43 ID:YOhPNKEF
>>在日光
とりあえず『sage』ろ。
何度言えばわかるんだ?

722 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:24:55 ID:X2I5uaWF
>>712
日本語での漢字の読み方には沢山呉音が残っているぞ。
それこそ大陸よりもだw
呉の文化の後継者としては日本のほうが由緒があるのだw

723 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:24:57 ID:izE9bF/H
>>717
トルコ風呂をトルコ独自の物だとか言ったら
本場のトルコ人が激怒するだろうな(w

724 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:24:57 ID:NLl4qZ2T
ちなみに陶磁器は英語でチャイナなのであるが、

ロイヤルコペンハーゲンやウェッジウッドの"チャイナ”は中国の亜流って
言っちゃったりするのかねえw

725 :在日光:04/10/17 10:25:02 ID:9OPLR2Dd
>>716
つまり基本的な織る技術であり、その織り方で
日本の服を作っているだけで、和服は日本独自だと?

726 :俺、生粋の名無しだけど・・・:04/10/17 10:26:11 ID:YOhPNKEF
自分が上げてしまった。

>>ALL
申し訳ない。


727 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:26:14 ID:NLl4qZ2T
>>725

>>724読め

728 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:26:45 ID:XiSijxHx
>>725
既出のように呉服とは布のこと。
江戸時代の呉服店に行っても、出来合の着物は基本的に売っていない。
売っているのは「反物」つまり生地だ。これを縫製して着物に仕立てるわけ。

つまり「呉服屋」とは「洋品店」じゃなく「布地店」なんだ。

729 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:27:00 ID:SzrU6QrR
>>725
あのな。化学繊維で作ったチマチョゴリは半島独自と言えなくなるのか?

730 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:27:34 ID:X2I5uaWF
>>723
韓国エステは?
>>723
考えたら、チャイナドレスと一般に言われるものも、
漢人の文化じゃなくて満州族の衣装じゃなかったっけ?


731 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:27:52 ID:NLl4qZ2T
>>729

言えなくなるんでしょ、彼の理論(?)ではw

732 :在日光:04/10/17 10:28:30 ID:9OPLR2Dd
何の独自性があるか?呉服の生地というが
そこに染めている花の絵柄とかあるじゃないか。
ほとんど呉のものだからでは?

733 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:29:02 ID:NLl4qZ2T
そういやあキムチに欠かせない唐辛子も日本が教えてやったニダねw

彼の理論では日本風になるわけだ・・・

734 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:29:32 ID:X2I5uaWF
>>729
チョゴリはモンゴル服の亜流。

735 : :04/10/17 10:30:27 ID:XiSijxHx
>>732
かつての呉(中国南部)には存在しない技法が山ほど詰め込まれていますが?

736 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:30:35 ID:NLl4qZ2T
>>732

染物ではなく織り物ではないのかな?呉服地は?

詳しくないのでようわからんが。

737 :在日光:04/10/17 10:31:20 ID:9OPLR2Dd
>>730
韓国エステは韓国式だからだろ。

738 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:31:27 ID:HKrksnz+
>>730
> 韓国エステは?

場末気分が味わえるのでは?

739 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:31:56 ID:X2I5uaWF
>>732
織機が呉風だからだよ、馬鹿。
花柄とかの染物や、織物に関しては中国なんぞは日本の足元にも及ばんワイ。

740 :在日光:04/10/17 10:32:25 ID:9OPLR2Dd
>>735
しかし染物も中国から来ているからな〜。

741 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:32:33 ID:NLl4qZ2T
>>737

うむ、それだけは認めてやるぞw

廓の高雅さとは天と地の韓国エステは確かに在チョン文化だ

742 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:33:31 ID:izE9bF/H
>>737
…流石ですね。

743 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:33:40 ID:NLl4qZ2T
>>740

ふふふふふ・・・来たな染物!

日本が世界に誇る藍染技術の国と知らず、罠にかかったな?w

744 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:33:54 ID:X2I5uaWF
>>732
韓国ではエステで売春するのが当たり前ということだなw

745 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:34:00 ID:f7vWRa+z
>>740
まず落ち着け
sageろ
自分が言いたいことを整理して、簡潔に提示しろ。

746 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:35:07 ID:NLl4qZ2T
>>744

日本ではエステっていったら、女性の美容の為のもんだもんなあw

エステで売春・・・さすが韓国式は違う!

747 : :04/10/17 10:35:46 ID:XiSijxHx
>>740
はいダウト。
中国、朝鮮の服飾は刺繍中心、日本は模様染色と織り柄の併用で明らかに異なっています。
日本のは、むしろインドや東南アジア諸国に近い手法じゃないかな。

748 :在日光:04/10/17 10:35:48 ID:9OPLR2Dd
>>739
そういう事か?
じゃあ半島から来たさまざまなものがあるが
それらが中国に残ってないとすると
農業技術とか、織物技術、染め技術とかさまざまなものが
中国に残ってなければ、半島の文化なんだな?
おまえらの理論ではそうなる。
中国の残ってなく、半島から来たと書かれているものは
それが証拠だろう。

749 :在日光:04/10/17 10:36:26 ID:9OPLR2Dd
>>743
染物はな、半島から来ているんだよ。

750 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:36:55 ID:SzrU6QrR
>>748
意味がワカラン。

751 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:36:59 ID:NLl4qZ2T
>>748

なんでそうなるかなあw

中国に無きゃ半島のモノだってさ( ´,_ゝ`)プッ

752 :在日光:04/10/17 10:37:55 ID:9OPLR2Dd
そうなる。半島から来たと日本書紀にかかれていたら
それは中国に残ってなければ半島技術になるだろ。


753 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:37:56 ID:NLl4qZ2T
>>749

東南アジアには、今でも有名なイカットやバティックがありますが、
半島にはどんなもんがあるんでつか?w

754 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:38:39 ID:NLl4qZ2T
>>752
> そうなる。半島から来たと日本書紀にかかれていたら
> それは中国に残ってなければ半島技術になるだろ。

書紀のどこに染物技術が半島から来たって書いてあるんだYO!

755 : :04/10/17 10:38:50 ID:XiSijxHx
>>749
悪いが染色の講義をするために必要な基礎的知識があるか確認させてもらう。
以下の用語の中に知らないものはあるか?
・糸染め
・布染め
・ろうけつ染め
・織り模様
・刺繍


756 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:39:32 ID:SzrU6QrR
>>752
> そうなる。半島から来たと日本書紀にかかれていたら

中国からも来たと、日本書紀には書いてあるんだが。

757 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:39:39 ID:X2I5uaWF
>>748
>農業技術とか、織物技術、染め技術とかさまざまなものが
>中国に残ってなければ、半島の文化なんだな?

今までのことは、中国なり他の国なりにみんな残っているのに、
半島独自の文化だとお前が言いはっているのだが。


758 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:40:48 ID:X2I5uaWF
>>749
おまえら、染物の文化が無いから白い服着てたんじゃないかw

759 :在日光:04/10/17 10:41:11 ID:9OPLR2Dd
織物技術が来たとある。
これはおまえらが染め技術だと言っていた。
以前織物自体ではなく、染め技術だと。

760 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:42:00 ID:NLl4qZ2T
>>758

そういやあ単色文化やねえ半島は

761 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:43:09 ID:X2I5uaWF
>>759
だから、織物は呉服というんだよ。
織物が無いのに染ができると思うのか?

762 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:43:50 ID:f7vWRa+z
>>759
他人に分かるように書けと何度言ったら!
> 織物技術が来たとある。
「”どこ”から来た」と、「どこにあった」のか?
> これはおまえらが染め技術だと言っていた。
「これ」は何を指している?織物技術だと意味が通じんぞ。
> 以前織物自体ではなく、染め技術だと。
以前とは?

763 : :04/10/17 10:44:57 ID:XiSijxHx
>>759
はて?誰かそんなこと言ったの?
まあ良いか。で、半島から織物または染め物の技術が伝わったというソースは?
日本書紀なら例によって何天皇何年でよろしく。

2ちゃんの過去ログは駄目よ。朝鮮人が時々嘘を書き込んでいくから。

764 :在日光:04/10/17 10:46:23 ID:9OPLR2Dd
織物技術が来たといったら、織物は以前からあった。
それは染め技術だと言っていただろ。
日本人は服もきていなかったのか?などといっていたじゃないか。


765 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:47:25 ID:f7vWRa+z
>>764
>>762

766 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:50:55 ID:4KaJmsoD
さんちゃん風味?

767 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:51:19 ID:X2I5uaWF
もう、彼が何を言おうとしているのか理解できないんですけど?

768 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:53:16 ID:HKrksnz+
また、留年するのか。

769 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:54:17 ID:izE9bF/H
彼が27歳だとするなら
怒りや苛立ちよりも憐憫の情が湧いてくる…

770 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:54:21 ID:f7vWRa+z
>在日光

もう一度書く

まず落ち着け
sageろ
自分が言いたいことを整理して、簡潔に提示しろ。

771 :マンセー名無しさん:04/10/17 10:56:19 ID:f7vWRa+z
>>766
こいつに比べれば、さんちゃんは大分まし。
少なくとも根拠は提示しようとする。
自爆するけど。

772 :在日光:04/10/17 10:58:19 ID:9OPLR2Dd
織物技術、つまり染め技術が半島から来たとある。


773 : :04/10/17 10:58:46 ID:XiSijxHx
>>772
だから何処に?

774 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 10:59:40 ID:X2I5uaWF
>>771
さんちゃんは自分で負けたと思うと捨て台詞して消えるから、わかりやすくてw

775 :太田光B0Y:04/10/17 11:01:12 ID:FP6nTgf+
ニヤニヤ

776 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:01:26 ID:f7vWRa+z
>>772
簡潔に
というのは
短く
という意味ではない

777 :在日光:04/10/17 11:02:51 ID:9OPLR2Dd
日本書紀にだろ。

778 : :04/10/17 11:05:12 ID:XiSijxHx
>>777
日本書紀にソースを求める場合は、何天皇何年の条かを明記するようにと
何回言ったら判る?

779 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 11:05:53 ID:X2I5uaWF
>>777
何処に?

780 :在日光:04/10/17 11:08:00 ID:9OPLR2Dd
>>778
その辺は日本書紀がないから分からん。
しかしここでのレスを参考にしている。
そこにあったんだよ。
とにかく中国に現存していなければ
まず半島から来たのは、半島文化といっていいだろ。
中国から半島に来たという事を証明できなければだ。
おまえらが言うだろ。現存しているのかと。


781 :太田光B0Y:04/10/17 11:08:07 ID:FP6nTgf+
和服の起源は韓国です。

782 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:08:27 ID:izE9bF/H
>>777

だろ・う
(1)話し手の推量や想像などを表す。
(2)疑問詞や終助詞「か」を伴って、疑問や反語の意を表す。
(3)仮想の事柄であることを表す。
(4)(「だろうに」の形で)事実に反する仮想を述べる。
(5)(多く上昇調のイントネーションを伴って)相手に対して、念を押したり同意を求めたりする気持ちを表す。

自分の発言に自信がないのですか?
それとも仮想であると認められるのですか?

783 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:11:39 ID:f7vWRa+z
>>780
> しかしここでのレスを参考にしている。
少なくとも、どのレスかを特定しなさい。

> とにかく中国に現存していなければ
> まず半島から来たのは、半島文化といっていいだろ。
> 中国から半島に来たという事を証明できなければだ。
> おまえらが言うだろ。現存しているのかと。

現存していないだけでは不十分。
現存しておらず、過去の記録にも残っていないものなら検証の価値ありと認めます。

784 :在日光:04/10/17 11:12:30 ID:9OPLR2Dd
>>783
農業の技術や馬に乗る技術など、中国の資料にもないんだろ?
それなら半島のだろ。

785 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 11:14:24 ID:X2I5uaWF
>>784
ほんとに馬鹿なのだなあ、お前は。
救いようも無い馬鹿。

786 : :04/10/17 11:15:37 ID:XiSijxHx
>>780
1:日本書紀をソースにする場合は、何処に出ているか明記しない場合は確認できないので認めない。
 例)日本における養蜂の初出
 日本書紀皇極天皇2年の条に「百済の太子余豊が蜜蜂4枚群を大和の三輪山に放養し、ついに蕃息せず」
 と記されている事である。これより約20年前の推古天皇35年には「ミツバチ」という言葉さえ無くハエと混同した記事が
 あることから、養蜂は百済から日本に伝わった可能性が高い。

2:半島独自文化が日本に伝わったと証明するには、最低でも次のすべてを満たす必要がある。
 A:その文化が半島に存在したこと
 B:半島から日本に伝わったこと
 C:その文化を他の文化圏(中国とは限らない)から入手する機会がなかったこと。



787 :在日光:04/10/17 11:15:59 ID:9OPLR2Dd
なぜだ?ダブルスタンダードだ。
おまえらが現存していないと、例の屋根の技術の違いは
日本の技術だと言った。百済になければ、そうなると。
じゃあ同じように中国にあった事が証明できなければ
日本書紀に半島から来た中国に残っていると確認できないものは
半島のだろう。

788 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:16:14 ID:f7vWRa+z
>>784
まず

>>772
> 織物技術、つまり染め技術が半島から来たとある。

の根拠を提示せよ。話はそれからだ。

個人的には中国に無い「農業の技術や馬に乗る技術」が
具体的に何を指しているのか気になるが。
多分勘違いだから後回し。

789 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:19:18 ID:FP6nTgf+
http://japanese.joins.com/html/2004/1003/20041003164930700.html
和服の起源は韓国です。

790 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:21:56 ID:f7vWRa+z
>>787
垂木のことか?>例の屋根の技術の違いは

だったら、>786と同じ基準に従って「日本で加えられたもの」とされている。
ダブルスタンダードと思うなら、君が理論を理解していないからだ。

791 : :04/10/17 11:22:34 ID:XiSijxHx
>>789
問題のデザイナー氏が韓服だと思っていたのは官服、すなわち
中国の公用コスチュームだったというオチが付くヤツですね。

792 :在日光:04/10/17 11:23:23 ID:9OPLR2Dd
>>789
和服の起源は百済にあると書かれているが
これについてはどうおかしいか反論してみろ。

793 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:23:58 ID:f7vWRa+z
>>792
>>791

794 :太田光B0Y:04/10/17 11:24:34 ID:FP6nTgf+
和服の起源は韓国です。

795 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:25:40 ID:yQwVcuTG
>>在日光

”織物” と ”染物” は別物だ。

で、”絹”で絵柄を織り込んだ布で和服を作ると”呉服”だ。
”綿”や”麻”などを織る技術は、縄文時代の日本にもある。
染めの技術も縄文時代からある。

796 :在日光:04/10/17 11:25:58 ID:9OPLR2Dd
>>790
日本書紀に書かれているじゃないか。
その半島から来たものが、中国に確認できないものもあるんだろ?
現存していないと。

797 :在日光:04/10/17 11:26:51 ID:9OPLR2Dd
>>795
染めの違う技術だ。

798 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:28:15 ID:yQwVcuTG
>>792
バカチン。
奈良時代の官服は隋や唐に倣っているし、朝鮮半島もその隋や唐に倣っているので、

”似 て て 当 然” 

799 : :04/10/17 11:28:50 ID:XiSijxHx
>>797
では染めの技術の話をするか。そのためには>>755に答えてくれる必要があるんだが。

800 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:28:55 ID:yQwVcuTG
>>797
バカチン。
呉服は染め物ではない。
織物だ。

801 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:29:02 ID:i5SVWfuu
貝紫や茜、だいだい、深紅、青、緑など、七、八色の染色糸を使用した絹織物が
吉野ヶ里遺跡で出土した甕棺(埋葬場所やその他の服飾品から
階級の高くない普通の女性と見られる)から見つかっている。
鑑定の結果、これらは後1〜2世紀のものとされている。

一般の女性の埋葬品として見つかっているので、
染め物の技術は後1〜2世紀以前に既に日本に存在したとみなしていい。

日本書紀の記述とはいったいどの時代を指していってるのか?




802 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 11:29:07 ID:X2I5uaWF
>>796
だから、何処にそんなこと書いてあって、何が無いんだよ!


803 :在日光:04/10/17 11:29:45 ID:9OPLR2Dd
>>798
つまりまだ和服はなかったと?

804 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:30:39 ID:yQwVcuTG
>>803
当たり前だ。
現在の着物のの原型とされる物は、平安時代に出来上がったんだから。

805 :在日光:04/10/17 11:31:53 ID:9OPLR2Dd
>>804
で、その官服は半島から伝えられたのか?

806 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:32:34 ID:yQwVcuTG
>>805
バカチン。
遣隋使は何時から始まったんだ?

807 :太田光B0Y:04/10/17 11:33:01 ID:FP6nTgf+
だから、和服は韓国の文化なの

808 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 11:33:54 ID:X2I5uaWF
>>805
何処に官服なんて書いてあるのよ?

809 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:33:57 ID:f7vWRa+z
>>795
すまん、綿花の普及はかなり遅かったと思うが、
量はともかく綿織物自体は縄文時代にもあったのですか?

810 : :04/10/17 11:34:11 ID:XiSijxHx
>>803
官服と書いてあるだろう。役人が公用の時に着る服のことだ。
これは奈良時代までは日本でも中国のコピーで、日本独自の
衣装になるのは平安時代以降。一方朝鮮半島では19世紀まで
中国のコピーが続く(チョゴリの店なんかで「古典衣装」とか
書いてあるヤツのことね)。平民の服装なんかはもちろん
中国とは異なるものだったと考えられているが、君が頭に
描いている可能性が高い江戸時代の和服とはかなり違うもの。

811 :在日光:04/10/17 11:34:32 ID:9OPLR2Dd
>>808
798だ

812 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:34:47 ID:i5SVWfuu
魏志倭人伝の記述は、所謂、貫頭衣を着ているとある。
織物自体は魏志倭人伝の時代以前に存在したとみなして良い。

813 :在日光:04/10/17 11:35:55 ID:9OPLR2Dd
そしてチョゴリに関しては本当にモンゴルの衣装と差異がないのか?

814 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 11:37:02 ID:X2I5uaWF
>>809
日本に関しては綿は絹より後。
縄文期は楮などの木々の繊維やイラクサの繊維とか。

815 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 11:39:09 ID:X2I5uaWF
>>811
お前、>>804って書いてあるじゃないか。
理論思考すらできないのか?

816 : :04/10/17 11:42:31 ID:XiSijxHx
>>813
ttp://www1.sumoto.gr.jp/fuji2/okuri.jpg
モンゴルの民族衣装だ。スカートをふくらませて飾りひもをつければ
チマチョゴリそのものだろう?

チョゴリについては専門のスレもある。
ttp://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1096987114/

817 :在日光:04/10/17 11:42:56 ID:9OPLR2Dd
>>815
だから中国に確認できない、半島から来たとされる
日本書紀に書かれているものはなぜ半島技術と言えないんだ?
屋根の技術が百済に確認できないので、日本技術と
言っているだろ。


818 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:43:36 ID:f7vWRa+z
>>813
いいからさ
話を戻して
・半島から来たことが確実で
・中国には現存しておらず
・過去にも中国にあったことが確認できない
・染色技術
が何なのかを早く提示して。

819 :在日光:04/10/17 11:44:54 ID:9OPLR2Dd
>>816
それは洋服のどこにでもあるようなワンピース的なものだろ。


820 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:45:06 ID:yQwVcuTG
>>817
何度も書いてあるだろうが。

”半島に証拠になる物が残っていない”

821 : :04/10/17 11:45:21 ID:XiSijxHx
>>817
官服の事か?
中国起源だと確認されているが?

822 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 11:45:46 ID:X2I5uaWF
>>813
お前は自国の民族衣装が、何の時代はどうだったかすら知らないのか?

823 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:45:55 ID:yQwVcuTG
>>819
オマエ、チョゴリを民族衣装で無いと?
そこまで堕ちたか。

824 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:46:18 ID:i5SVWfuu
染め物の技術といっても色によってそれぞれ原料や技術が異なる。
どの色のどういう手法が伝わったのか具体的に指摘せよ。

825 :在日光:04/10/17 11:46:50 ID:9OPLR2Dd
>>820
しかしおまえらは日本書紀の記述で、証拠としているだろ。
それらが半島からきていると書かれているなら
それが証拠だろ。


826 :在日光:04/10/17 11:47:56 ID:9OPLR2Dd
>>823
そのモンゴルの衣装がだ。スカートを膨らませてとか
言っていうが、そんな形を言うなら、和服も
中国の服の形をこのようにしたら、和服に見えるというのはあるだろ。

827 : :04/10/17 11:47:59 ID:XiSijxHx
>>824
無理言っちゃいけない。在日光氏の染色に関する知識は
>>755に回答できないレベルなんだから。

828 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:48:17 ID:yQwVcuTG
>>825
半島から来たと言う記述だけで、何が半島から来たかって全部分るのか?

829 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:48:55 ID:yQwVcuTG
>>826
オマエ、一回和服着てみろ。
作りが全然違う。

830 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:49:23 ID:i5SVWfuu
そもそも、チマチョゴリってさ、朝鮮が元の支配下に入った後のものだろうに。
和服が半島から伝わったとするのらば、いったいどのような服だったのかくらい提示しろよ。

831 : :04/10/17 11:50:28 ID:XiSijxHx
>>826
チョゴリスレを見てもらえば判るが、スカートがふくらんできたのがいつ頃からで
飾りひもが付いたのはいつ頃からってのもかなり判ってるんだ。
ちなみにスカートがふくらんだのは近代になってからと考えられている。

832 :筒男衆 ◆8jtpHldZ2g :04/10/17 11:50:51 ID:f7vWRa+z
>>825
・半島から来たことが確実で
・中国には現存しておらず
・過去にも中国にあったことが確認できない
ものが何なのかを具体的に。

833 :太田光B0Y:04/10/17 11:55:18 ID:FP6nTgf+
だから、和服はもともと韓国の民族衣装なの
チョゴリが日本の民族衣装なの
それが日帝時代に逆になったの

834 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:56:34 ID:i5SVWfuu
>そんな形を言うなら、和服も
>中国の服の形をこのようにしたら、和服に見えるというのはあるだろ。

これは誰も否定してないと思うが???
中国の影響は認められても朝鮮独自のモノの影響は認められないんだから、
和服は半島起源ってのは根拠無し。

835 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:57:21 ID:i5SVWfuu
>>833
お呼びでないよ?

836 :セイラ・マス・大山 ◆q.I9V7ewls :04/10/17 11:58:03 ID:X2I5uaWF
>>833
はい、良かったでちゅね〜。
僕ちゃん良い子だから、表で遊んで来ましょうね〜。

837 :在日光:04/10/17 11:58:23 ID:9OPLR2Dd
>>828
記述されているじゃないか。農業の先進技術とか。


838 :マンセー名無しさん:04/10/17 11:59:13 ID:yQwVcuTG
>>837
とかではなく全部書けよ。

839 :在日光:04/10/17 11:59:18 ID:9OPLR2Dd
>>829
しかし和服が全然中国の服の影響を受けてないというのか?
例えば車はどこかの国が作ったが、その車の中でも
日本のは独自技術がある程度では、それは車の亜流という事だぞ。

840 : :04/10/17 11:59:43 ID:XiSijxHx
>>837
だから、何処に、どんな記述が?
日本書紀なら何天皇何年の条、三国史記なら百済本紀のこの部分って形で
「確認できるように」示すこと。

841 :在日光:04/10/17 12:00:13 ID:9OPLR2Dd
>>831
モンゴルの服と同じ素材であり、同じ服だと?

842 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:00:28 ID:yQwVcuTG
>>839
文句言う前に着てみろ。
着れば何が違うか分るから。

843 :在日光:04/10/17 12:00:50 ID:9OPLR2Dd
>>832
それは日本書紀に書かれているだろ。それが証拠だ。


844 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:01:11 ID:i5SVWfuu
>>841
チョゴリの歴史くらい自分で調べろよ。

845 : :04/10/17 12:01:22 ID:XiSijxHx
>>839
だから中国の影響は誰も否定してないぞ。
俺自身、奈良時代までの官服は日本でも中国のコピーだったと
紹介したばかりだが? 否定してるのは「半島独自文化のコピー」
だってところ。

846 :在日光:04/10/17 12:01:44 ID:9OPLR2Dd
その当時の百済から来たとするところを読めばいいだろ。
農業の技術が来たのは有名だろ。
その部分がどこかぐらい分かるんじゃないのか?

847 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:02:30 ID:yQwVcuTG
>>846
オマエの理解度を確認しているんだ、バカチンが。
良いから、全部書け。

848 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:04:27 ID:i5SVWfuu
>>846
どの部分だか特定できないね。
半島独自の技術が伝わったとするならば、半島と日本にしか存在しない技術を提示できない限り、
伝わったのは中国の技術ということになるな。

849 :在日光:04/10/17 12:05:06 ID:9OPLR2Dd
>>845
じゃあ結局、中国の服が土台で、そこから味付けをしたわけだろ?
それなら中国の亜流だろ。
それでなぜ和服なんだ?それを欧米に伝えた場合、中国文化じゃなかと
言われていいのだな?
違うというのなら、じゃあ百済仏教なども百済の力だろ。


850 :在日光:04/10/17 12:07:09 ID:9OPLR2Dd
>>848
中国にも存在していないんだろ?
じゃあ日本書紀の記述で半島からとかかれているのだから
百済のものだろ。
仏教の屋根の部分は確かに日本にのみあるが
日本書紀には仏教は半島から来ているのだから
それでも日本のものだというのなら
それは中国にない日本に伝わった半島からの技術は
それは半島のものという理屈だろ。


851 :桃葡萄梨 ◆8FGTmWBuVw :04/10/17 12:07:47 ID:8pcyHue/
支那(オリジナル) → 半島 → 日本

と言う文化ルートがあったのは確か。
しかし、

半島(オリジナル) → 日本

と言う文化ルートの存在を示す証拠はどこにもない。
大体仏教そのものは天竺が発祥の地だし。

852 : :04/10/17 12:07:55 ID:XiSijxHx
奈良時代日本の服装
ttp://www.pref.nara.jp/1300/kids/kurashi/01.html

平安時代日本の服装
ttp://www2.edu.ipa.go.jp/gz/r-lif/r-hea/r-haw1/IPA-lif280.htm

唐代の女性の服装
ttp://www.shw.cn/97ldmt/ldhh/001.htm

取りあえずこれを勉強しろ。

853 :太田光B0Y:04/10/17 12:08:20 ID:FP6nTgf+
>>849
ちがうの
和服は韓国文化なの
韓国の亜流なの

854 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:09:01 ID:yQwVcuTG
>>849
あのな、中国はその和服の原型にあたる服を捨てたんだよ。
中国の王朝は、民族の入れ替わりだから、その都度服装が違うんだよ。
何故和服と呼ばれるかってのはな、その原型を発展させ継承して、現在残しているのが日本だけだからだ。

そんな事に疑問を抱いていたら、チマチョゴリも朝鮮の伝統的民族衣装じゃなくなるぞ。

855 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:09:44 ID:yQwVcuTG
>>850
だから、そんな強弁する前に、百済から伝わったと記述がある物を全て書け。

856 : :04/10/17 12:13:21 ID:XiSijxHx
ttp://www.lifeinkorea.com/culture/cclothes/cclothesj.cfm?xURL=paekche

百済の服(推測で作られたものかも知れません)

857 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:15:24 ID:i5SVWfuu
そもそも日本書紀には”先進の”とは書いてないだろうに。
日本になかった技術とは言えるだろうが、”先進の”とは言えないだろうな。
その技術が特定できなければ、優劣の評価そのものができないはずだが。

半島や大陸が進んでいて日本が一方的に文化の受け手だという先入観から、
日本に無かった技術が伝われば、即、”先進の”とつけてしまうんだろう。
文献や考古学的史料から半島独自の技術なんて何一つ上げられないのさ。
だから、韓国の歴史学会で半島の優位性を過度に主張する歴史学者がいても、
学会の古老クラスには冷淡に扱われるのさ。
なぜだと問われた古老、嘆息して曰く、「我々の側には証拠となるものが何一つない」

しかし、半島のマスコミはトンデモ説を吹聴してトンデモが一人歩きするが、
例によって保身から古老クラスの歴史学者は沈黙するのね。

858 :太田光B0Y:04/10/17 12:16:50 ID:FP6nTgf+
>>856
和服そっくりなの
やっぱり和服は韓国文化なの

859 :在日光:04/10/17 12:17:06 ID:9OPLR2Dd
>>854
捨てても中国の服だったなら、中国服じゃないか。
なぜそれを誇るんだ?
それなら他の文化であっても、味付けされていたら
韓国が祖と言えるだろ。

860 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:20:27 ID:yQwVcuTG
>>859
じゃあ、チマチョゴリも誇れないじゃないか。
アルマーニだって着てるからって誇れないぞ。

でな、オマエ、和服着たこと無いだろ?
>>856に写真があるが、和服の何処に上着の裾の中に隠れるズボンのような着衣があるんだ?

861 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:20:39 ID:HKrksnz+
農業技術って嘗糞でも教えたのか?
当時日本は、糞の利用法は知らなかった筈だからな。

それとも、主体農法か

862 :在日光:04/10/17 12:22:35 ID:9OPLR2Dd
>>860
これを見ろ。百済時代の服装だ。
ttp://www.lifeinkorea.com/culture/cclothes/cclothesj.cfm?xURL=paekche
中国とは違う。

863 :マンセー名無しさん :04/10/17 12:23:46 ID:EGnmPhq/
在日光 とやらは、「○○なんだろ?」というカキコばっかり。
自分の知識の無さの補足を、討論相手に求めている単細胞馬鹿だな。
討論において、自分の主張する根拠のベースは、信頼のおけるものを
ちゃんと自分で用意しなくちゃいけない。

864 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:24:56 ID:yQwVcuTG
>>862
バカチンが。
その服こそが中国が原型の服だ。

865 :在日光:04/10/17 12:25:48 ID:9OPLR2Dd
>>864
チョゴリとかかれているのが分からないのか?


866 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:27:33 ID:yQwVcuTG
>>865
バカチンが。
だから、チョゴリも他民族の影響を受けて出来た服だと言っているんだ。
だから、オマエが和服の発展の独自性を否定すると、チョゴリの発展の独自性をも否定する事になるんだ。

867 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:29:23 ID:i5SVWfuu
ちなみにバジ(つまりズボン)と上着を絞めるのにつかうバックル(ベルト)は、
日常で乗馬習慣のある遊牧民が起源だな。

868 :太田光B0Y:04/10/17 12:31:50 ID:FP6nTgf+
和服は韓国のなの
日本のじゃないの

869 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:32:00 ID:i5SVWfuu
>>865
チョゴリとかいてあるのは後付け。
外套をコートと読み替えて、百済の服は西洋のモノと言ってるのと同じレベル。

870 : :04/10/17 12:33:10 ID:XiSijxHx
ttp://culture.dresschina.com/ancient_dress/20040510/009.htm

お待たせしました。唐代の文官の服装です。

871 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:34:28 ID:wlc+JV0+
>866
まぁ確かにそうなるわな…

872 :在日光:04/10/17 12:36:10 ID:9OPLR2Dd
>>866
違うじゃないか。百済時代にチョゴリと書かれているだろ。
女王のところを見てみろ。

873 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:37:30 ID:yQwVcuTG
>>872
>>869を読め。

オマエは、現在のチョゴリの形を知らんのか?
いっぺん着せてもらえ。

874 : :04/10/17 12:39:27 ID:XiSijxHx
>>872
韓国人にこんなこというのは正に釈迦に説法なんだが…
「チョゴリ」ってのは「上着」の意味だというのは良いか?
残念ながら、百済でこの上着がなんと呼ばれていたかは
判らない。だから解説者は「チョゴリ」と表記したのだと思われる。

875 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:40:27 ID:NLl4qZ2T
>>866

いやもう、日本に半島の影響さえ認めさせられるのなら、
韓国文化なんか全否定してもかまわぬ勢いですなw

しかしそれ言ったら中国→半島→日本で、なーんだやっぱり半島はストローじゃんw
・・・って事になると気づいてない模様

876 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:42:40 ID:yQwVcuTG
>>875
これこそがまさに、朝鮮人の伝統芸能の自爆ですなw

877 : :04/10/17 12:44:03 ID:XiSijxHx
紹介しといて何ですが、正直百済の服装が事実こんなものなのかってのには、一抹の不安があったりして。
貴人女性の服装なんて倭人説のある武寧王の墓からの出土品に基づいてるようだし…

878 :在日光:04/10/17 12:44:46 ID:9OPLR2Dd
じゃあやはり中国との差異だけでも、自国の文化と言えるわけだ。
では、百済化された中国文化が日本に渡っていたなら
それは祖といえるだろう。
仏教にしてもだ。

879 : :04/10/17 12:45:46 ID:XiSijxHx
>>878
服飾の事なら「百済化」が成されていないのでダメ。

880 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:46:11 ID:yQwVcuTG
>>878
だから、百済化されたと言う証拠物件が何も無いと何度も言っているだろうが。

881 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:47:11 ID:NLl4qZ2T
>>880
彼の脳内日本書紀には全部書いてあるニダ<`∀´*>

まるでどこかの万能壁画のごたる・・・

882 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:47:41 ID:FP6nTgf+
>>878
おまえの推理はおおむね正しいの
百済仏教は日本の仏教の起源なの

883 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:50:19 ID:i5SVWfuu
>>878
百済化された部分をだせってば。

884 :在日光:04/10/17 12:50:27 ID:9OPLR2Dd
>>880
>>877を見ろ。どうやら独自性がありそうだぞ。
>>882
じゃあ日本文化の祖でいいな?

885 : :04/10/17 12:52:27 ID:XiSijxHx
>>884
独自性を具体的に述べよ。
それから>>882はさっき太田光B0Yと名乗っていた人物と同一なので相手にしないことを推奨。

886 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:53:19 ID:yQwVcuTG
>>884
バカチン。
釣り師の>>882の餌に食いつくな。
IDを調べろ。
香具師は「在日光BOY」の名で書き込んでた香具師だ。

>>877は百済服装と言って出した写真が、捏造の可能性があるというレスだ、良く読め。

887 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:54:04 ID:yQwVcuTG
>>886の訂正
「太田光BOY」だった。

888 :マンセー名無しさん:04/10/17 12:54:33 ID:i5SVWfuu
>>884
件のURLを上に辿って、中国の服装と見比べてみ?
隋や魏、唐、などの兵服と皇帝の服装のキマイラでしかないぞ?

889 :在日光:04/10/17 12:58:39 ID:9OPLR2Dd
だからだな。中国に確認できないものがあるんだろ?
百済から日本にきていたのは。
そして日本書紀に百済からと書かれているなら
百済技術だろ。
日本仏教が百済から来ているのに屋根の技術が中国と違うから
と言っても、百済の技術でないと言うのだから。



890 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:00:20 ID:yQwVcuTG
>>889
バカチンが。
百済の物と言う証拠が無いと言っている。
韓国の商社から輸入したら、中国製だったって事もあるだろうが。
しかしそれでも、仕入れ伝票では韓国から仕入れたと記載されるだろうが。

891 : :04/10/17 13:02:15 ID:XiSijxHx
>>889
・服装については奈良時代の日本も百済も中国の亜流で起源は中国。
・寺院建築については、そもそも百済の技術ではないと昨夜君が認めた。
・仏教の教説については、中国>百済の間で失われたものが(かなり重要な点で)
見られるが、独自要素は今のところ見つかっていない。中国の不完全なコピーと
言うのが現状の認識である。

それ以外に何か出たっけ?

892 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:02:35 ID:i5SVWfuu
>>889
日本にしか残ってないものなら、中国のものとも百済のものとも言えないね。

893 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:03:54 ID:yQwVcuTG
>>891
昨日からでケリがついた件はそれくらいかと。
まだ*は、決着が付いたと認めてないようですがw

894 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:03:56 ID:FP6nTgf+
百済仏教が日本の仏教に影響を与えたのは事実なの

895 :在日光:04/10/17 13:05:19 ID:9OPLR2Dd
>>890
じゃあその屋根の部分が日本の技術だと証明できるのか?
再建時の状態しか分からないんだろ?


896 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:06:48 ID:NLl4qZ2T
>>894
まあそれはそうでしょう。僧侶呼んでるしね。

後に鑑真和上が、あんなバッタもんしかない日本がかわいそうだ・゚・(つД`)・゚・

・・・と、決死の覚悟で来てくれたおかげで、劣化コピーからすくわれるのでございます(−人−)

897 : :04/10/17 13:07:30 ID:XiSijxHx
>>895
恐ろしく簡単な証明法を提示しようか?
当時の中国寺院は「石造」が主流だ。従って「垂木」自体が存在しない。

898 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:09:13 ID:gyV2GSuK
次スレ
白村江の戦/第6ラウンド
http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1097986090

899 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:09:40 ID:i5SVWfuu
そもそも、文化の起源なんて言い始めたらキリがないのね。
在日光なみのこじつをやれば、
仏教文化の中核たる仏像を作る文化はギリシャが起源だから、
仏教文化はギリシャが起源なんてことになるし。

900 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:10:22 ID:NLl4qZ2T
>>899

そうですのう・・・「仏像」の起源はヘレニズムですからのうw

901 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:10:39 ID:yQwVcuTG
>>895
バカチンが。
百済の物と証明で気無い限りは、日本のものだ。
なぜなら、日本にしかその垂木の形が残っていないからだ。
法隆寺だけじゃないんだぞ。
それ以外の建築物でも、件の垂木の形状が見られる。
だが、朝鮮半島や中国には、”一切”見られない。

902 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:11:50 ID:yQwVcuTG
>>899
朝鮮人にはそういった事が理解出来ないのですw

903 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:13:19 ID:NLl4qZ2T
>>902

なんせ起源=エライという我々には理解不能なメンタリティの持ち主ですからねえw

起源と言ったらクロマニヨンにまで遡ってしまう希ガス

904 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:13:25 ID:+FW/+yPP
>>896
ただ高麗や北魏からの影響もあるからね。
唯一でもなければ絶対でもなかった。
これが結論。

905 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:16:18 ID:i5SVWfuu
日本が仏教を本格的に受け入れだしたころの聖徳太子の家庭教師は高句麗の僧なんだな。
それに、これより前に遣隋使は始まってるし。

もとより文化の流れ込む源流を一つに絞れない上に、
百済独自の部分はこれだと断定できないんだし。

906 :在日光:04/10/17 13:16:34 ID:9OPLR2Dd
>>897
それはおかしい。百済が垂木の技術がないという証拠は?

907 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:16:42 ID:NLl4qZ2T
>>904

うん、当時の渡来僧の名簿をチェックすると
高句麗、北魏、南梁、百済・・・と、色々ですな。

まあ、満人や漢人、越人は日本に頼らなくても
誇りうる文化いっぱいありますからw

なんもない半島人だけが

「あの!アノ!日本に影響与えたニダ!誇らしくてホルホルホル<`∀´*>」

・・・と、まあ屈折してはいるけど、褒めているんだと思えば腹は立たない。
うざったてーけどw

908 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:17:05 ID:yQwVcuTG
>>906
垂木って何か覚えているか?

909 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:17:20 ID:i5SVWfuu
>>901
ブータンの伝統建築には似たものがあるらしい。

910 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:18:18 ID:i5SVWfuu
>>906
悪魔の証明。

911 : :04/10/17 13:18:22 ID:XiSijxHx
>>906
ttp://www.joyphoto.com/japanese/abroad/2003xian/daigantou.html
これは西安にある大雁塔という塔だ。玄奘三蔵がインドから
持ち帰った教典の翻訳を行った場所として知られている。
代表的な中国の塔だな。

ttp://www.kintetsu.co.jp/senden/Database/HO-Htm/HO0002.html
で、これが法隆寺の塔ね。

悪いが百済の塔は見つからなかった。誰か知らない?

912 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:19:32 ID:yQwVcuTG
>>909
それは初めて知りました。
後でちょっと調べてみます。
今度は在日光が、「百済はブータンにも伝えた」と強弁してきそうな予感もw

913 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:21:00 ID:yQwVcuTG
>>911
百済では無いけど、仏国寺も石塔ですからねぇ。

914 :在日光:04/10/17 13:23:31 ID:9OPLR2Dd
じゃあつまり現物がないと証拠にならないんだな?
じゃあ仏教建築も中国から半島へというのも
証明できないな。
中国の史書にはそう書かれていても中国から
半島へ来たという物的証拠がない。

915 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:24:01 ID:i5SVWfuu
>>912
うろ覚えで不確かなんで、話半分にしといて下さい。

916 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:24:49 ID:yQwVcuTG
>>914
仏国寺などの半島に残っている石塔を見てみな。
明らかに中国の石塔の影響を受けてるぞ。

917 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:25:37 ID:NLl4qZ2T
しかし何だね・・・・立身出世して大店を構えたお屋敷に、

むかしむかしガキの頃、ちょっと飯をおごってくれた乞食のオッサンが来て

「俺ァなぁ〜昔この家のヤツ世話してやったんだぞ〜
お前らの今があるのもなぁ〜〜おれっちのおかげなんだぞ〜〜」

・・・って喚いているようで、なんとも哀れを誘う・・・
って事やってるのに気がつかないのが半島人の度し難い所か。

918 : :04/10/17 13:26:09 ID:XiSijxHx
ttp://ochiel.hp.infoseek.co.jp/shasinkan/kankoku/ka-10.htm

ほい、仏国寺(ソウル)

919 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:27:37 ID:i5SVWfuu
>>914
百済の仏教建築がどのようなものだったかさえろくに検証できないの。
つまり、何を具体的に日本に伝えたのかさえわかってないのに、
日本の仏教建築のどの部分が百済独自のモノかなんて特定できるわけない。

920 :在日光:04/10/17 13:31:47 ID:9OPLR2Dd
配置が中国式というが
そうじゃなくて半島式の影響を中国が受けているかもしれないと
いう事だ。
おまえらは史書だけでは駄目で、現物が必要といった。
だから建築は半島から中国かもしれないだろ?
中国から半島というのがそもそも証明できない。

921 : :04/10/17 13:32:12 ID:XiSijxHx
>在日光氏
昨日の講義と重複するが、中国文化の模倣がメインストリームだった
当時の日本で、何故仏教建築は素材から異なっているか判るかな?

日本には中国そのままの建築が出来ない事情があった。その事情は百済にはなかった。
だから百済には日本と同じような建築をする理由はなかったんだ。従って
日本にある建築=百済の建築という等式は成り立たない。

いっとくが事情ってのは「技術の不足」じゃないよ。そんなのはそれこそ技術者を招けば良いんだから。

922 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:33:07 ID:yQwVcuTG
>>920
だから、証拠が無いと何度いえば分る?

923 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:33:55 ID:+FW/+yPP
>>920
仏教が中国を経ずに半島にどう伝わるんだ?
シベリア伝いか?

924 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:37:20 ID:i5SVWfuu
たかじんの「そこまで言って委員会」が面白い。
つーことで、落ちます。

925 : :04/10/17 13:38:52 ID:XiSijxHx
>在日光氏
自爆する前に一応忠告する。
「海のシルクロード」を根拠無く延長して、インドから朝鮮半島に直接海路で入ったと
主張するのはやめておけよ。航路上に日本列島があるから
「インドから日本に直接仏教が入ることは可能である」と主張することになる。

926 :在日光:04/10/17 13:39:41 ID:9OPLR2Dd
船で伝わるだろ。弥生人も同じだったんだからおかしくなかろう?


927 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:40:54 ID:FP6nTgf+
>>926
たしかにそうなの

928 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:41:06 ID:+FW/+yPP
>>926
海路だったら半島より先に日本に伝わるが?

929 : :04/10/17 13:41:17 ID:XiSijxHx
OTZ OTZ otz orz……

930 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:43:51 ID:TtO63eNa
ttp://www.koreanculture.jp/korea_culture/korea_culture_021.html
韓国文化院


仏教寺院建築を見ると、
韓国の仏教寺院の配置様式は中国で形成された仏教寺院の配置様式を受け入れましたが、
時が経つにつれて韓国特有の寺院建築様式へと発展していきました。
仏教が韓国に入ってまもない初期建築の多くは、現存する仏国寺のように、基本的に中庭の周りを回廊が取り囲み、
あるべき位置に建物があり、対称的かつ幾何学的な配置をしております。
しかし、このような配置様式を寺院は時が経つにつれ幾何学的な規範から抜け出し、
韓国の自然条件と調和する自然な寺院の配置へと変わっていきました。
このような配置をした代表的な寺院としては、浮石寺、海印寺、華厳寺などを挙げることができます。

仏国寺528年建立
法隆寺607年建立

浮石寺676年建立
海印寺802年建立
華厳寺554年建立(現在の形は1630年再建のもの)

931 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:44:35 ID:3biausDQ
>>926
>>925は読めるか?
わざわざ海路を用いることに対して予防線を張って貰っていたのに、それを無視して海路を
選んだということは何らかの根拠に基づいた発言なんだろうね?

>>929
気持ちはよく分かる。こいつは真性の馬鹿だな。

932 :在日光:04/10/17 13:46:48 ID:9OPLR2Dd
しかし中国から入ったという証拠もないだろ?
史書は証拠じゃないのだから。
それに>>930ですでに韓国の独自性は証明されている。

933 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:47:27 ID:TtO63eNa
>>932
文章読めないのか?

934 : :04/10/17 13:50:54 ID:XiSijxHx
うぐぅ…もう一度>>930をよめ

>仏教寺院建築を見ると、
>韓国の仏教寺院の配置様式は中国で形成された仏教寺院の配置様式を受け入れましたが、
>時が経つにつれて韓国特有の寺院建築様式へと発展していきました。

つまり最初は中国風だったわけだ。具体的には

>仏教が韓国に入ってまもない初期建築の多くは、現存する仏国寺のように、基本的に中庭の周りを回廊が取り囲み、
>あるべき位置に建物があり、対称的かつ幾何学的な配置をしております。

これが中国風な配置。

>しかし、このような配置様式を寺院は時が経つにつれ幾何学的な規範から抜け出し、
>韓国の自然条件と調和する自然な寺院の配置へと変わっていきました。
>このような配置をした代表的な寺院としては、浮石寺、海印寺、華厳寺などを挙げることができます。

浮石寺以下が韓国風な配置と主張してるわけだ。

935 :在日光:04/10/17 13:54:37 ID:9OPLR2Dd
>>933
中国から来たという証拠だぞ?
>>934
つまり配置のみだと?どうして配置のみだと分かるんだ?
それは配置しか確認できないからだと?

936 : :04/10/17 13:57:33 ID:XiSijxHx
>>935
>>930の引用文の中で仏国寺だけわざわざ「現存する」と書いてあるのは何故だと思う?

仏国寺には数年前に実際行ったことがあるが、説明されなければ中国の寺院と区別が付かなかったな。
修理が終わったばかりとかで、彩色はきれいだったが。

937 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:59:16 ID:3biausDQ
>>在日光
>>930

>韓国の仏教寺院の配置様式は中国で形成された仏教寺院の配置様式を受け入れましたが、
>時が経つにつれて韓国特有の寺院建築様式へと発展していきました。

これが読めるか? 眺めるだけではなく理解しろ。

938 :マンセー名無しさん:04/10/17 13:59:46 ID:TtO63eNa
>>935

>四世紀後半、ブッダの教えは最初に高句麗に伝えられた。
>前秦の王・符堅(ふけん)が高句麗に仏教の使者を送り、僧・順道が仏像や経典をもたらした

>百済にはその12年後、東晋の僧・摩羅難陀が渡来、
>翌年、百済の都・漢山に仏寺を建立し、僧侶を育成した。これが百済仏教の始まりとされる。

939 :在日光:04/10/17 14:00:03 ID:9OPLR2Dd
>>936
そうか。分かった。
じゃあ仏教建築はどうだ?
なぜ中国から来たという証拠は?

940 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:00:36 ID:NLl4qZ2T
>>926
> 船で伝わるだろ。弥生人も同じだったんだからおかしくなかろう?

自爆だ・・・w

すると、仏教は日本がミナマの時に半島に教えてやって、
あくまでもシナ風のが知りたくて大陸から僧を呼んだとも言えるわけだw

ま、我々理性ある日本人はそんなdデモはいいませんが

941 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:02:52 ID:3biausDQ
>>940
頭がおかしいとしか言えんな。大陸路を用いずに、わざわざリスクの高い海路を用いて文化が
伝播すると本気で考えている奴がいるとは…。本当にコイツは自称・27歳なのか?

942 : :04/10/17 14:04:26 ID:XiSijxHx
>>939
さっきも書いたが、>>930の出て来る寺院の中で最も古く、かつ今でも残っている
仏国寺は、俺程度の知識では全く区別できないほど中国風だった。
それこそ「実はここはソウルではなく洛陽なんですよ」と言われたらだまされかねないくらいにね。

で、君の主張は「その建築法は半島で開発されたもので、中国に教えたのだ」かい?

943 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:04:27 ID:+FW/+yPP
>>938
話はそれるが前秦とか南北朝時代の北の方の諸国を中国と言ってしまっていいのかなと個人的には思う。
中国史に入れるのに異論はないが当時、周りの国々は果たして中華として見てたのかな?

944 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:05:45 ID:wowb0KKA
>>911
扶余定林寺址五層石塔
---------------------------------------------------------------------
<指  定> 国宝第9号
<建立年代> 百済末期(7世紀初)
<所在地> 忠清南道扶余郡扶余邑東南里
<構造形式> 高 8.33m、花崗岩
この塔の正確な建立年代は不明であるが、初層塔身に百済滅亡の際に彫られた
「大唐平百済国…」で始まる刻銘があり、
百済滅亡以前にすでにこの塔があったことがわかる。

弥勒寺址石塔
----------------------------------------------------------------------
<指  定> 国宝第11号
<建立年代> 百済末期(7世紀初)
<所在地> 全羅北道益山市金馬面箕陽里
<構造形式> 現高 14.24m、花崗岩
弥勒寺址石塔は、百済武王(600〜641)による弥勒寺の創建とともに建立されたと考えられる。
現在は六層の一部までしか残っていないが、発掘調査で出土した石材からみて、
本来は九層の石塔であったと推定されている。
初層塔身の一辺が8.2m、高さは現存する部分で14.24mあり、
現存する朝鮮半島最大の石塔である。

ttp://www1.ths.titech.ac.jp/~nakanisi/k_archi/k_archi.html

945 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:07:36 ID:NLl4qZ2T
>>943

3歳児をこれ以上混乱さすなw

いや・・・ワシだって抵抗あるけどさあ・・・

946 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:10:56 ID:wowb0KKA
仏国寺多宝塔
http://www1.ths.titech.ac.jp/~nakanisi/k_archi/k020.html
仏国寺三層石塔
http://www1.ths.titech.ac.jp/~nakanisi/k_archi/k021.html


947 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:11:26 ID:+FW/+yPP
>>945
そうだね。ゴメンw

948 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:14:07 ID:wowb0KKA
鳳停寺極楽殿
<指  定> 国宝第15号
<建立年代> 高麗中期
<所在地> 慶尚北道安東市西後面台庄里
<構造形式> 正面3間、側面4間、単層、切妻、柱心包
鳳停寺極楽殿は、朝鮮半島におけるもっとも古い形式をもった木造建築である。
建物は李朝時代に改変された部分を1973年からの解体修理工事で高麗時代の姿に復原されている。
この建物の建立年代は、遅くとも13世紀に遡るとみられ、
朝鮮半島でもっとも古い木造建築の一つとすることができる。
ttp://www1.ths.titech.ac.jp/~nakanisi/k_archi/k015.html

949 : :04/10/17 14:16:45 ID:XiSijxHx
>>948
せっかくの提供に文句を言って恐縮だが、高麗中期じゃ新しすぎます。
生徒が混乱しますのでご注意願います。

950 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:19:26 ID:wowb0KKA
>>949
ケンチャナヨの朝鮮木造建築が、後世に残る訳ないやろ。
つーこと。むしろ、日本中世寺院の模倣が散見できる。

951 : :04/10/17 14:21:59 ID:XiSijxHx
>>950
あう(^^;…イヤ、それをまたウリナラ起源にされても面倒なので。

>在日光氏
多数の写真を提供して頂いたところで、中国、朝鮮、日本の仏教建築を、
古代においては最重要の建物であった、塔で比較してみよう。

中国と朝鮮は石造なのに対して日本は木造、材料からして違う。
次に中国と朝鮮は技術的によく似ているので、どっちが先かという
問題になるわけだが、仏教自体が4世紀ころに中国から入っていること
中国に仏教が入ったのは紀元前後と考えられることから、中国が先と
見るのが自然である。

以上、何か質問は?

952 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:26:50 ID:wowb0KKA
朝鮮半島でもっとも古い木造建築である
鳳停寺極楽殿と修徳寺大雄殿は、切妻ですね。
ちと違いますよ。

953 : :04/10/17 14:29:11 ID:XiSijxHx
質問無いようなので、これにて離脱します。
さすがに今日は力尽きました……orz

954 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:35:21 ID:wowb0KKA
乙でした。

955 :在日光:04/10/17 14:50:19 ID:9OPLR2Dd
>>941
弥生人が船できたんだろ?

956 :マンセー名無しさん:04/10/17 14:53:05 ID:wowb0KKA
弥生人がKTXに乗ってやってくる

957 :在日光:04/10/17 14:55:21 ID:9OPLR2Dd
リスクを犯してぐらいなら陸づたいだと考えても
実際に弥生人は着ていたのだから
おかしくないな。

958 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:00:10 ID:3biausDQ
>>955
人と文化を同列で語るな。

・祖先が何処から渡ってきたのかという考証
・仏教がどのように伝播して日本に到達したのかという考証

例えてみようか。
お前さんが当時のインドに住んでいたとする。
何かの技術を伝えようと考えた場合、それを広めるために陸路と海路、どちらを選ぶかね?
・安全かつ長期間、陸伝いで国々に伝播していく方がリスクは格段に低い。
・日本が存在するかどうかも分からずに出発してリスクを冒しながら海路を選ぶか?

前者は「中国を経由して半島に伝わり、そして日本に至る」
後者は「中国を経由せずに「まず日本に伝わり、次いで半島に至る」
以上の二点から、お前さんの仮定は考慮する価値すら無い。出直してくるんだな。

959 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:00:32 ID:gyV2GSuK
次スレ
白村江の戦/第6ラウンド
http://ex5.2ch.net/test/read.cgi/korea/1097986090


960 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:02:46 ID:wowb0KKA
班超は遠い西国、大秦に甘英[かんえい]を派達した。
大秦とは,羅馬帝国、即ちローマ帝国、ローマである。
ローマは昔から中国の絹を珍重し交通を望んだが途中、
ペルシャに妨害され行き来することが出来なかった。
甘英もペルシャの西界に達したが、ローマに到達することが出来ず、敢え無く本国に帰った。
百六十六年、桓帝の時、ローマ王アントンは南方の海路より中国に使者を送り込んだ。
此のときからローマの商人は、時々中国にやって釆た。

和帝(4代:位88〜108)
・部下甘英を大秦国(ローマ帝国)に派遣
・大秦王安敦(マルクス=アウレリウス=アントニヌス)の使者日南に到着

#ローマ帝国の使者が仏教を携えて来日した
#ローマ帝国の使者は四天王寺を建立した
#ナゾの男・金剛はローマ人だった!!!

961 :在日光:04/10/17 15:05:36 ID:9OPLR2Dd
>>958
文化を伝える為ではないかもしれないだろ?
弥生人と同様に、流民かもしれない。
そしてこういうものがあるんだがという話になって
取りに戻ったのかもしれないだろ。

962 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:07:37 ID:wowb0KKA
大秦とは,羅馬帝国、即ちローマ帝国、ローマである。
朝鮮半島の「秦韓」や「秦人」は、即ちローマ植民地・ローマ人である。

963 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:11:29 ID:wowb0KKA
>>961
>在日光

電波とはこうやって出すものぞ〜!!!(笑

964 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:12:11 ID:NLl4qZ2T
誰だ?あげてるバカは!?


・・・と、思ったらまたオマエか、お前の脳にはセーブ機能がないのかッ!!

965 :筒男衆 ◆8jtpHldZ2g :04/10/17 15:12:30 ID:f7vWRa+z
>>953
お疲れ様でした
>>961
放置してみたが、結局
・半島から来たことが確実で
・中国には現存しておらず
・過去にも中国にあったことが確認できない
ものが何なのかを具体的に。
示すことは出来なかったようだな。

966 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:13:27 ID:3biausDQ
>>961
>>958
質問に答えろよ。

>>963
禿ワラ。おまけに自分が電波発してることに気が付いてない真性電波だもんな。

967 :筒男衆 ◆8jtpHldZ2g :04/10/17 15:15:18 ID:f7vWRa+z
>>961
中国から広まったという記録と
様式の伝播という状況証拠がこれだけあるのに、
あえて海洋経由の伝播経路を検討する必要がどこにある。

968 :在日光:04/10/17 15:15:54 ID:9OPLR2Dd
>>966
だから弥生人と同様に流民だとも考えられるだろ。


969 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:17:36 ID:NLl4qZ2T
>>968
> だから弥生人と同様に流民だとも考えられるだろ。

そもそも前提としての弥生人=流民というアイデアは
一体どこ〜〜〜〜から来たんだね?え?


970 :在日光:04/10/17 15:19:28 ID:9OPLR2Dd
>>967
その様式の伝藩が半島から中国からもしれないだろ。
史書は証拠じゃないといった。


971 :在日光:04/10/17 15:20:43 ID:9OPLR2Dd
>>969
可能性だよ。だから中国から来たという証拠がないだろ。
おまえらは百済から来たという中国に確認できない
技術が日本書紀に書かれていても、証拠がないというじゃないか。

972 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:21:09 ID:3biausDQ
>>在日光
お前の頭の中は脳じゃなくて糞が詰まってるな。綺麗に洗い流してから出直してこい。

973 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:21:24 ID:NLl4qZ2T
>>970

史書は証拠だよ。ただし検証しなければいけない証拠だ。

そして史料も考古資料もなく主張するのは、
たんなる「妄想」といふw

974 :筒男衆 ◆8jtpHldZ2g :04/10/17 15:21:34 ID:f7vWRa+z
>>970
それぞれの地域で、寺が造られた年代を考えろ。

半島→中国は

無い

975 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:21:59 ID:NLl4qZ2T
>>971
> 可能性だよ

証拠のない「可能性」=妄想

976 :筒男衆 ◆8jtpHldZ2g :04/10/17 15:23:29 ID:f7vWRa+z
>>971
だから最初から
> おまえらは百済から来たという中国に確認できない
> 技術が日本書紀に書かれていても、証拠がないというじゃないか。

これが何を指しているかを聞いている。
お前が何を指してこういっているか不明な以上、返答のし様が無い。

977 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:24:13 ID:wowb0KKA
百済仏教とは?
ローマ帝国に弾圧され流民となった、ユダヤ人は朝鮮半島の南岸、秦韓に漂着する。
ローマ帝国の追求の手から逃れるため、彼らは「インドの高僧」と自称した。
仏塔や伽藍はユダヤ人のオーバーテクノロジーで簡単に模倣する事が出来た。
しかし、旧約聖書がブッダの教えと矛盾することを、南鮮原住民に気づかれてしまった。
そこで、彼らは三蔵法師の経典を奪取するため、モサドを中国に派遣する。
そうしてできあがったのが「百済仏教」なのだ!

978 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:25:35 ID:NLl4qZ2T
>>977

モットヤッテーモットヤッテー!(´∀` )

キバヤシも「何だってー!?」と青くなるようなやつキヴォンヌ

979 :在日光:04/10/17 15:27:32 ID:9OPLR2Dd
>>973
じゃあ百済から文化が来ているのだからそれが証拠だろ。
中国に現存していないなら、百済文化じゃないか。
>>974
年代がなぜ分かるんだ?
>>975
中国から来たという証拠がない。

980 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:28:16 ID:3biausDQ
>>977
面白すぎてコーヒー吹いた(笑

981 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:30:14 ID:FP6nTgf+
>>979
そうなの

982 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:30:55 ID:cjZBftUi
>在日光
 もう止めろ。君は百済が栄光の歴史を持つ先進国だったと日本人に認めさせるべく
戦っているつもりのようだが、君が目的を果たす日は、このままでは永遠に来ないだろう。
 何故か?君は実際には戦っていないからだ。レスを見れば一目瞭然であるように、
君以外の参加者は単に脳内からレスしているだけではない。ある者は日本書紀他の
基礎資料を座右に携え、あるものは懸命に検索して自分の論を証明している。

 しかるに君は何だ? 自説の根拠を「敵」たる日本人に求め、基礎知識を得ようともしない。無知は仕方ない、
学べばよいことだ。だが君は学ぶ努力も、自説を組み立てる努力すらしないもしない。ただ日本人達が
何の脈絡もなくひれ伏すのを待っているだけではないか。

 そんなことはない、そう君は言うかもしれない。だが、君が昨夜のログに残った手がかりを、ほんのわずか
調べていれば、今ごろ君は百済の栄光を誇り、日本人をひれ伏させる…ところまでは行かずとも互角以上の
議論が出来たはずだ。だが、君は勝利の鍵を得るための、ほんの数分の検索すら怠った。
 これは、君がいかに何も考えていないかの確固たる証拠だろう。ある意味、気付かなかったのは幸いかもしれない
百済人の霊も、君のような人物が自分たちの後継者を名乗るのは屈辱の極みであろうから。

結論を言う。君は議論の資格がない。いつまでたっても負け犬だ…いや、負け犬とは戦って敗れた者に
向けられる言葉だから、今の君には「負け犬」と呼ばれる資格すらない。

983 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:32:15 ID:NLl4qZ2T
俺達はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

まず百済は漢語の当て字だからこれを純粋に音のみのクダラと表記しよう。
ここに半島で一般的な李という名前を加えるとクダラリ
今の話題は仏教であるからヒンドゥー=ブッディズムから類似の音を探すと
これはまさにクンダリーニの事だったんだよ!

クンダリーニとは梵語で「とぐろ」の意味。

「とぐろ」といえば、半島が世界に誇る嘗糞があるじゃないか!

そう、百済仏教とはまさに嘗糞の事だったんだよ!

984 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:33:46 ID:i5SVWfuu
負け犬じゃなかったら、泣き犬とか、めけ犬とか、転け犬とか?

985 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:36:22 ID:SzrU6QrR
>>979
> >>975
> 中国から来たという証拠がない。

三国史記と中国の史書の両者に記載されているんだがな>中国から百済へ

986 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:36:26 ID:i5SVWfuu
ところで、在日光よ。
百済観音で自爆してみないか?

987 :■■■誘 導■■■:04/10/17 15:38:15 ID:Y5PdE/Kh
新スレ

在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/



988 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:38:16 ID:W3ZDthAq
南鮮原住民との交流のなかで、流浪の民ユダヤ人に心境の変化が現れる。
先端技術を注ぎ込んでも、「糠に釘」、「馬の耳に念仏」の日々、
彼らの忍耐は限界に達する。
「ウマなみの知能しかねぇ韓野郎どもがっ!!!オマエラはくだらん!!!」
そう吐き捨てると、流浪の民ユダヤ人の船団は南海に消えた。

そのあとには、「ウマなみの知能しかねぇ韓野郎=馬韓」「くだらん=百済」という
地名と、原住民が残った・・・・・・・

おしまい。

989 :■■■誘 導■■■:04/10/17 15:38:39 ID:Y5PdE/Kh
新スレ

在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/


990 :在日光:04/10/17 15:39:30 ID:9OPLR2Dd
思いだしたぞ!!!
牛を使って耕す技術だ。

991 :筒男衆 ◆8jtpHldZ2g :04/10/17 15:40:41 ID:f7vWRa+z
>>979
> じゃあ百済から文化が来ているのだからそれが証拠だろ。
> 中国に現存していないなら、百済文化じゃないか。
だから、 何 の こ と だ ?
> >>974
> 年代がなぜ分かるんだ?
> >>975
> 中国から来たという証拠がない。

半島にしても、大和にしても
初期の仏教から、使用していた経典は「漢字で記載された」ものだと記憶しているが?

992 :■■■誘 導■■■:04/10/17 15:41:30 ID:Y5PdE/Kh
>>990
次から移動しろよ

在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/



993 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:41:31 ID:3biausDQ
>>在日光
分かったかい。史料も無く、自説の根拠を求める努力すら怠る主張は妄言と同義だ。
君の主張は>>977>>983>>988のような「好き勝手に妄想した話」と同列、或いは
それ以下の代物でしかない。理解したら出なおしてくるんだな。

994 :筒男衆 ◆8jtpHldZ2g :04/10/17 15:44:51 ID:f7vWRa+z
>>990
じゃあ、それが
・「百済からもたらされた」根拠の提示
・「中国には無かった」という根拠の提示

だけだね

995 :■■■誘 導■■■:04/10/17 15:45:10 ID:Y5PdE/Kh
>>994
次から移動しろよ

在日光と愉快な仲間

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/tubo/1097910941/




996 :マンセー名無しさん:04/10/17 15:54:32 ID:SzrU6QrR
>>990
悪いことは言わない。顔を洗って出なおせ。

997 :マンセー名無しさん:04/10/17 16:01:19 ID:NLl4qZ2T
>>988

ヤンヤヤンヤ ヽ(´▽`)ノ

GJ!

998 :マンセー名無しさん:04/10/17 16:03:35 ID:Y5PdE/Kh
1000

999 :マンセー名無しさん:04/10/17 16:03:53 ID:annyuulL
999

1000 :マンセー名無しさん:04/10/17 16:04:26 ID:Y5PdE/Kh
1000なら在日光は朝鮮に帰る

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

292 KB
★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)